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アメリカ経済

社会主義化するアメリカ資本主義

未曾有の経済危機から抜け出すため、欧州型の「大きな政府」の度合いは増すばかりだ

2009年4月22日(水)19時50分
ジョン・ミーチャム(米国版編集長)、エバン・トーマス(ワシントン支局)

 インタビューは終わりかけていた。2月4日夜のFOXニュース。保守派のショーン・ハニティがホストを務めるトーク番組に、マイク・ペンス下院共和党会議議長が出演した。ペンスはバラク・オバマ大統領の1兆ドル近い景気対策案を批判し、全米芸術基金への5000万ドルの助成や魚のために川の障害物を取り除く2000万ドルの事業が、自分の地元インディアナ州の雇用創出につながるはずがないと主張した。ハニティは賛同して言った。「これはまさに、09年欧州社会主義法とでも呼ぶべきものだ」

 CMに入る直前に繰り出された「社会主義」呼ばわり。08年の大統領選で共和党候補のジョン・マケインが使いはじめて以来、保守派が敵に対して好んで張るようになったレッテルだ。

 だが、社会主義か否かの議論は的がはずれているようだ。米政府は昨年すでに、ジョージ・W・ブッシュの保守的な共和党政権の下で銀行業界と不動産ローン業界を事実上国有化した。芸術振興に5000万ドルを出すよりこちらのほうがよほど社会主義的だろう。ペンスやハニティをはじめ認めたがらない人は多いが、09年のアメリカはいや応なく、欧州型国家になる方向へ向かっている。

 アメリカは、多くの意味で中道右派の国であり続ける。文化的にはとくにそうだ。そしてひとたび危機が去れば、本能的により市場主義的な資本主義に立ち返ろうとするだろう。だが、大きな変化を確認するためにもう一度言おう。保守的な共和党政権のブッシュは06年、高齢者が処方薬を安く入手できるようにした。過去30年間で最大の社会福祉の拡大策だ。

フランス化強める米経済

 アメリカ人は政治的に右の人も左の人も、外国産原油への依存度を減らすために政府が代替エネルギーに投資するべきだと思っている。共和党が最も強い州でさえ、連邦政府から配分されるインフラ投資予算を拒否することはほぼありえない。

 もしわれわれが経済における政府の役割拡大という現実を直視せず、代わりに20世紀のルールや戦術で21世紀の戦争を戦おうとすれば、厄介で不毛な議論に追い込まれるだろう。一刻も早く自分たちの立場を正確に把握し、今の世界でいかに政府を使うかということを考えるべきだ。

 オバマ政権がアメリカ史上最大の景気対策法案を成立させ、財政支援を受けた金融機関の幹部の報酬を年50万ドルに制限し、新しい金融安定化策を打ち出している間にも、失業率は過去16年で最悪の水準に達した。ダウ工業株30種平均は98年の水準まで下落し、08年の住宅の差し押さえ件数は、前年比で81%増加した。

 経済はもはや、リンドン・ジョンソン大統領が60年代に社会福祉で実現しようとした「偉大な社会」と、ロナルド・レーガン大統領が80年代に推進した新自由主義との対立軸では理解できない。

 好むと好まざるとにかかわらず、数字は明らかにアメリカ経済が欧州型になっていることを示している。OECD(経済協力開発機構)によると、10年前、アメリカの政府支出はGDP(国内総生産)の34・3%、ユーロ圏では48・2%で、その差は約14ポイントだった。それが2010年には、アメリカが39・9%、ユーロ圏は47・1%になり、差は7・2ポイントに縮まるという。今後10年間、社会保障費が増大するにしたがって、アメリカはますますフランスのようになるだろう。

 もちろん、アメリカの朝の食卓という食卓にクロワッサンが並ぶわけではない。だが、政策論争が従来とは別の次元に移ったことは確かだ。当面、アメリカ人は社会主義と資本主義の混合経済の是非より、社会主義的な資本主義経済をいかに運営するかについての議論をすることになるだろう。

 もちろん、世の中は常に複雑だ。世論調査によれば、アメリカ人は政府を信用していないし、大きな政府も欲していない。だが彼らは、医療や安全保障、銀行危機や住宅危機からの救済などで政府の働きを望んでいる。

 レーガンが大きな政府をアメリカの敵とし、中道左派を意味する「リベラル」をまるで共産主義者扱いの蔑称に引き下げてからざっと30年。この間、政府は少しも小さくならず、逆に大きくなった。ただ経済規模も同じペースで大きくなったので、GDPに対する政府支出の比率はほぼ一定だった。

介入が成長率を下げる

 その経済成長のほとんどは本物だ。だが過去5年ほどの成長は、巨額詐欺事件で捕まったナスダック元会長バーナード・マドフのネズミ講ファンドのような虚構に近い。アメリカ人は借金で分不相応な消費生活を謳歌(92年に7・6%だった貯蓄率は05年にはマイナスになった)。金融業界も砂の上に楼閣を築いていただけだった。

 いま受けているのは、その報いだ。より大きな政府による経済への介入は実際、正解なのかもしれない。短期的には消費者も企業も景気を刺激してくれそうにない以上、政府がやるしかない。長期的にも、高齢化による社会保障費の増大や地球温暖化、エネルギー価格の高騰などにより、財政支出拡大の必要性が生じるだろう。

 問題は、政府が経済に介入すればするほど、ほば確実に経済成長率が低下することだ。欧州の福祉国家も慢性的に失業率が高い。成長はアメリカという国が生まれながらにもつ権利で、他の欠点を補う取りえでもあった。

 オバマ政権はジレンマに悩まされている。過度の借金と支出がつくり出した危機を修復するために、借金と支出をしなければならないのだ。財政出動で景気刺激に成功したら、医療費や退職年金等の給付の伸びを抑え、同時に長期的な成長を確保するための投資を行わなければならないだろう。

 オバマは、必要なのは賢い政府だと言う。アメリカとフランスのいいとこ取りをするには、ありったけの英知が必要だろう。 

[2009年2月25日号掲載]

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