最新記事

マンデラ釈放、南ア「夜明け」に一歩

南ア、虹色の未来へ

アパルトヘイト撤廃から16年
驚異の成長、多人種社会の光と闇

2010.06.11

ニューストピックス

マンデラ釈放、南ア「夜明け」に一歩

人種間の協調をねらう大きな賭けだが、対話への道は依然として険しい

2010年6月11日(金)12時06分

南アフリカの黒人が27年間待ちわび、多くの白人が恐れていた日。その日がついにやってきた。

11日午後。ピクターバースター刑務所の前には、その瞬間を今か今かと待ちかまえる数百人の黒人がいた。反アパルトヘイト闘争の「象徴」、ネルソン・マンデラ(71)釈放の瞬間を、である。

 予定より遅れること1時間余り。午後4時15分ごろ、自動車の列が刑務所の門に差し掛かった。銀色のトヨタ車のドアが開き、姿を見せたのは、マンデラその人とウィニー夫人。30年近い獄中生活はマンデラの肉を落とし、頭を白髪まじりに変えた。

 支持者を前にしてマンデラの顔にまず浮かんだのは、ためらいと困惑の表情だった。だが、刑務所の門を出るや、その顔に輝きが差した。マンデラはこぶしを突き上げて支持者に挨拶。まず片手が高く、次いでもう一方の手が上がった。

 数分後、マンデラは車に戻り、約65キロ離れたケープタウンに向かった。ケープタウンでは黒人グループに警官が発砲する事件が起こり、マンデラ到着を前に混乱も心配されていた。

 だが、マンデラが市庁舎のバルコニーに現れるころには、衝突も収まっていた。釈放されたマンデラの第一声を聞こうと、市庁舎前は人の波で埋まった。

 マンデラが口を開いた。力強い口調に、生まれながらの政治指導者の才が見える。まず、黒人解放運動の組織の名を一つずつあげて感謝を述べ、自分を釈放したデクラーク大統領を「高潔の人」と絶賛。次いで「全国議会に民主的に選出」されないかぎり、いかなる公的な指導的地位につく意思もないと示唆した。

 だが長年の獄中生活を経た高齢の身にもかかわらず、マンデラはそのカリスマぶりも闘争心もまったく衰えていないことを見せつけた。「交渉による解決を導く条件」が生まれるまで、武力闘争を続けねばならないと断言。諸外国に対しては、対南ア経済制裁の継続を求めた。

「われわれの自由への歩みはもはや後戻りできない。行く手を恐れてはならない」と、マンデラは語った。さらに「黒人が黒人を治めるのは無理だなどと言われるようなまねをしてはならない」と、無数の黒人支持者に訴えた。

「デクラークは白人に宣戦布告した」

 デクラークにとってマンデラの釈放は、南アの人種抗争の終結をねらった歴史的な賭けだ。昨年8月に政権について以来、彼は右寄りの老獪な政治家というイメージの払拭と、黒人指導層との対話に努めてきた。

 2週間前には、戦闘的な反アパルトヘイト組織ANC(アフリカ民族会議)の非合法化措置を30年ぶりに解除。死刑の執行を停止し、政治犯約120人の釈放を約束した。

 だがデクラークは、マンデラ釈放の「Xデー」を明確にしなかった。一週間にわたって周囲に気をもたせたあげく10日(土)になってようやくマンデラの釈放を発表したのである。

 声明の中でデクラークは、マンデラの釈放という「長い一章に終わりを告げる」と語った。さらに各政治勢力に向けて、「新生南アを平和裏に誕生する力がわれわれにあることを証明」しようと力強い口調で訴えた。

 マンデラ釈放の報を耳にして、デヅモンド・ツツ大司教(ノーベル平和賞受賞者)は躍り上がった。言葉にしようのない喜びだと、ツツは語っている。

 今回の措置は、デクラークの政治的勇気の証左だ。それと同時に、マンデラのカリスマ性と不屈の闘志のたまものでもある。

 白人支配の転覆を企てたとして、マンデラが終身刑を言い渡されたのは1964年。政府は獄中のマンデラに何度か釈放をもちかけた。ただし、そのつど、武力闘争の放棄や南アからの出国、政治活動の制限など条件がついていた。マンデラは、政府の申し出を拒否し続けた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元カレ「超スター歌手」に激似で「もしや父親は...」と話題に

  • 4

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 9

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 10

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中