コラム

バイデンの「大人外交」は実は血みどろ(パックン)

2021年03月19日(金)16時30分
ロブ・ロジャース(風刺漫画家)/パックン(コラムニスト、タレント)

A "MATURE" DIPLOMACY / (C)2021 ROGERS─ANDREWS McMEEL SYNDICATION

<記者殺害事件でサウジアラビアと皇太子を厳しく批判する......はずだったバイデン政権だが>

ワシントン・ポストなどに寄稿するサウジアラビア人記者、Jamal Khashoggi(ジャマル・カショギ)。サウジアラビア政府のイエメンへの軍事介入やカタールへの経済封鎖、またメディア弾圧、イスラム過激派への援助といった国内政策、そしてサウド家の王政や最高実力者のムハンマド・ビン・サルマン皇太子をも、自らの危険を顧みず批判してきた勇者......だった。

カショギは2018年10月に、トルコ・イスタンブールのサウジアラビア総領事館で殺された。バラバラにされた遺体はいまだ見つかっていない。骨の切断用具を持参し犯行に及んだのはサウジアラビアの殺し屋チーム。命令したのはムハンマド皇太子だ。風刺画でのこぎりに付いている「MBS」はムハンマドのイニシャル。芸人としてこれで「あいうえお作文」でも作りたいが、命懸けの大喜利はやめよう。

アメリカ政府は先月、皇太子がカショギの殺害計画を承認したことなど、事件の詳細をまとめた報告書を公表した。前政権はその内容を知っていたはずだが、トランプ前大統領はサウジ政府や皇太子に対する批判も制裁もしなかった。

ジョー・バイデンは大統領選中、人権を重視するアメリカ本来の外交姿勢を取り戻すため、サウジアラビア政府を「パーリア(のけ者)にする」と公約していたので期待が集まっていた。ところが就任後も結局はサウジアラビアや皇太子を批判していない。公約を聞き間違ったかな? 「パエリアにする」と、ファミレスの注文を決めていただけかもね。

なぜひるんだのか? サウジアラビアは大事なパートナー国だからだ。対テロ戦やパレスチナ問題、イランへの牽制、イラン核合意への復帰においても、アラブ諸国のリーダーとしてサウジアラビアの協力は欠かせない。

さらに、5つもの米軍基地を抱える軍事パートナーで、アメリカの軍需産業にとって世界一のお得意さんでもある。もちろんアメリカが突き放したら、中近東でのプレゼンスを高めようとしている、人権問題を全く気にしない中国が喜んでその穴を埋めに来る。

そんなわけでサウジの次期国王を殺人鬼扱いできないと、バイデンは外交上の「大人の判断」をしたのだろう。理解できても納得しづらい。カショギならどう評価したかな。

【ポイント】
THIS IS WHAT DIPLOMACY LOOKS LIKE

外交っていうのはこういうもんよ

CAUTION: BLOODY ALLIANCE
注意:血塗られた同盟関係

KHASHOGGI MURDER(床に書かれている血文字)
カショギ殺害

プロフィール

パックンの風刺画コラム

<パックン(パトリック・ハーラン)>
1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『大統領の演説』(角川新書)。

パックン所属事務所公式サイト

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、新START延長巡り米の回答待ち=外相

ワールド

情報BOX:中国、軍事演習で台湾威圧 過去の海峡危

ワールド

米、イスラエル向けF15戦闘機の契約発表 86億ド

ワールド

トランプ氏「台湾情勢懸念せず」、中国主席との関係ア
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 5
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 6
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 7
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story