コラム

トランプは「弾劾絶壁」に立たされている?(パックン)

2019年05月09日(木)19時00分
ロブ・ロジャース(風刺漫画家)/パックン(コラムニスト、タレント)

The Impeachment Dilemma / (c) 2019 ROGERS─ANDREWS McMEEL SYNDICATION

<トランプの悪事はムラー報告書で明らかになったのに、民主党は政治的リスクを恐れて弾劾には及び腰>

弾劾だ! アメリカの選挙に不法介入しようとする敵対国の支援を受けた人が大統領選に当選していいのか? 選挙中にその国の情報戦に手を貸していいのか? 対立候補へのハッキングを促していいのか? 側近16人が100回以上にわたりその国の人と連絡を取り合っていいのか? No!

大統領になってから、選挙介入や共謀について捜査中のFBI長官を解任したり、捜査範囲を制限しようとしたり、恩赦の示唆や脅迫で他人の証言に影響を与えようとしたりして、司法妨害をしていいのか? No!

ロバート・ムラー特別検察官の報告書開示を受け、こんな論調で、次期大統領選の有力候補であるエリザベス・ウォーレン上院議員をはじめ多くの民主党員がドナルド・トランプ大統領の弾劾を熱く呼び掛けている。当然だ。司法省の指針によりムラーは大統領を訴追できないが、その報告書に記されている行為は弾劾に十分値するものだろう。何も制裁がなければ、上記の行為は全部「Yes! やっていいことだ」になる。

しかし、弾劾自体にも No! という民主党員も多い。大統領選の候補の1人、バーニー・サンダース上院議員やナンシー・ペロシ下院議長などは弾劾に伴う政治的なリスクを恐れ、眉間にしわを寄せている。まあ、2人の年を足すと160歳ぐらいになるから、最初からそれなりにしわはあったけど。

98年にはビル・クリントン大統領が偽証と司法妨害の容疑で議会の弾劾裁判にかけられた。野党・共和党が支配していた下院で手続きが始まったが、上院では「有罪ではない」と認定された。共和党は権力乱用で大統領をいじめているようにもみられ、クリントンは高支持率を維持。そんな弾劾の逆効果が、「政治的なリスク」だ。

風刺画では、ロバ(民主党のシンボル)に向かって Pick your poison(お好みの毒を選んで)とトランプが言っている。アメリカでよく聞くおしゃれなフレーズだ。普通はお酒を勧めるときに使うが、ここでは2種類の猛毒を提供している。Failed impeachment(弾劾の失敗)でトランプ再選を取るのか? それとも、Let him get away with it(おとがめなしで大統領を逃がす)にするのか? バーテンにだけおいしいメニューだね。

僕の読みだと、下院はムラー報告書の内容をさらに探る捜査を続けて、大統領の罪を少しずつ明かしながら来年の大統領選挙に備える。「弾劾の準備」をしても正式な弾劾に踏み切らない。でも慎重にやらないと! 一歩でも踏み違えたら命取りになる、まさに「弾劾絶壁」に立たされているから。

<本誌2019年05月14日号掲載>

(編集部より訂正とお詫び)掲載当初、「共和党は権力乱用で大統領をいじめているようにもみられ、クリントンは高支持率を維持。次の選挙で2期目を余裕で勝ち取った。」とありましたが、「2期目を余裕で勝ち取った」は事実ではないため、削除しました。訂正してお詫びいたします(2019年05月14日)。

20190514cover-200.jpg
※5月14日号(5月8日発売)は「日本の皇室 世界の王室」特集。民主主義国の君主として伝統を守りつつ、時代の変化にも柔軟に対応する皇室と王室の新たな役割とは何か――。世界各国の王室を図解で解説し、カネ事情や在位期間のランキングも掲載。日本の皇室からイギリス、ブータン、オランダ、デンマーク王室の最新事情まで、21世紀の君主論を特集しました。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

パックンの風刺画コラム

<パックン(パトリック・ハーラン)>
1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『大統領の演説』(角川新書)。

パックン所属事務所公式サイト

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

豪6月失業率は3年半ぶり高水準、8月利下げ観測高ま

ビジネス

米J&J、通期業績見通し上方修正 関税費用予想は半

ビジネス

午前の日経平均は小幅に続落、半導体株安が重し 下げ

ビジネス

長期金利の国民生活への影響注視、為替動向を憂慮=青
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 4
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 5
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 6
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 7
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 9
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 10
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 7
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story