コラム

アメフト悪質タックル問題に見る、日本の指導者の「弱さ」

2018年05月24日(木)15時00分

日大前監督とコーチの会見で露呈したのは指導者の「弱さ」 Toru Hanai-REUTERS

<今回の問題が日本社会において大きな関心を呼んだのは、同じような事例が社会の様々なところに見られるから>

日大アメフト部の悪質タックル問題は、意外な展開を見せています。22日にタックルをした選手本人が日本記者クラブで会見し、大勢の記者たちの前で陳述書を披露し、続いて多くの質問に対して丁寧に答えていました。

一方で、翌日23日に急きょ開かれた前監督である日大の常務理事と、コーチによる会見は、言い訳に終始したばかりか、日大サイドの司会者が声を荒げて会見を打ち切ろうとするなど、決していい印象を与えませんでした。

この2つの会見をくらべると、選手の方は指導者によって選択の自由を奪われ、追い詰められていた姿を見せて、非常に弱い立場だったことが分かります。また監督やコーチは、チーム内で絶対的な権力を行使していた強い立場だったことは明白です。

ですが、人間の資質ということで考えてみると、むしろその逆だとも言えます。堂々と責任を引き受け、相手に届く謝罪の言葉を口にし、丁寧に質問に答えることは、本質的な部分において「強さ」を持っていなくてはできません。

反対に監督やコーチの方は、脅迫による支配でチームの組織を作らざるを得ない、責任を引き受ける潔さがない、という「弱さ」を露呈していたと言えます。会見の様子も、紛争の渦中において最善の言葉を選ぶスキルに欠け、また心理的にも動揺を見せるなど「弱さ」そのものでした。

私は、こうした人間の「弱さ」の問題には高い関心を持って来ました。なぜならば、現代の国際社会を不安定にしている感情論の横行や、自国中心主義といったものは人間の持っている「弱さ」に関係していることが多いからです。

例えば、世界史を激動に導いた独裁者は、強い資質を活かして強大な権力を手に入れたのではないと思います。資質に弱さを持つがゆえに権力を渇望し、その過程においては人の不安や嫉妬を煽って政治エネルギーを捻出し、猜疑心とともにライバルを抹殺して来たわけです。ファシズムとかスターリニズムというのは、いわば人間の「弱さ」を権力化したものという定義は、かなり有効だと思います。

では、弱さの資質は悪であるかというと、決してそうではありません。人間には誰しも心の弱さを抱えた部分があり、それが時に人間を冷静にしたり謙虚にしたりします。特に弱さゆえに人と人との「つながり」が成り立っていくことを考えると、それもまた人間性の大切な部分であると思うからです。

反対に強さの資質を手放しで称賛することもできません。例えば、親しい人間が亡くなった時に全く取り乱すことなく「貴重な犠牲になってくれた」とか「来世に行ったのだから喜ぶべきだ」と平然としている人がいます。確かにそれは強さの表れかもしれませんが、人間的な態度かというと少し違うと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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