コラム

ドジョウ首相と日本国民のバランス感覚

2011年09月02日(金)09時00分

 もう既に旧聞の類に属するかもしれないが、8月末にあった民主党代表選挙を取材した。「自分語りばかり」「目指す国家像がない」と酷評された候補者たちの演説を現場で聞いたが、5人の中で一番ストンと胸に落ちたのが、最も自分語り、さらに言えば「自虐語り」をした野田新首相だった。おそらく「有権者」だった民主党の国会議員も同じ感想だったのではないか。野田氏と海江田氏の意外な票差にはその影響もあったはずだ。

 小泉首相が06年に退任してから、政権交代をまたいで安倍、福田、麻生、鳩山、菅と続いた「1年政権」の主たちは、いずれもどちらかといえば自己愛に満ちた人々だった。野田氏の「自虐キャラ」ぶりは戦後の歴代首相の中でも突出している。社会党初の首相だった村山富市氏や、「冷めたピザ」の故小渕恵三氏がややそれっぽい存在だったが、これだけ自分の体型や顔を笑いのネタにする日本のトップは野田氏が初めてだろう。

 得てして自分に自信のない人ほど存在を大きく見せようとしたり、他人に高圧的に出るものだ。逆に言えば、他人の前で自虐的な人ほど実は自分に自信があり、侮れないということになる。小泉氏以降の歴代首相は、いずれも最初こそ記者への愛想も良かったが、政権運営が行き詰るに連れだんだんぶっきらぼうになり、最後は会見で記者と目を合わさず、挙句の果てに無視する......というトラブルを繰り返してきた。

 彼らがメディアに大人気ない態度をとったのは、一義的には酒を飲む場所から奇抜なファッションまで、どうでもいいことを根掘り葉掘り報じるメディアの責任だ。ただ、日本のトップである首相が報道にいちいち目くじらを立てるのは、そのプライドの高さもあったと思う。本人が自虐キャラで売り出せば、メディアは少なくとも首相の見た目や性向について否定的な報道をしにくい。野田氏の「自虐キャンペーン」にはそんな計算も働いているはずだ。

 大雑把に言って、小泉氏の退任以降、日本の首相は右派(安倍、麻生)と左派(福田、菅)の交代を繰り返してきた(左右を分けがたい鳩山氏は......「宇宙派」と言うべきかもしれない)。明らかに右派の野田氏が今回首相に選ばれたのは、日本国民のバランス感覚をどこか反映している。

 トップが性スキャンダルにまみれた長期政権(どこの国と特定しているわけではない)と、身ぎれいな短命政権のどちらがいいか――という究極の選択に答えはない。ただ日本人が大嫌いな自分たちの「首相1年制」も、実は左右どちらにも振れすぎないための日本人なりのバランス感覚なのかもしれない。

「自虐首相」が選ばれたのも、自己愛ばかりを見せ付けられて嫌気が差した日本人のバランス感覚ゆえ、のはずだ。打たれ強くかつ国民の支持もあるとすれば、ドジョウ首相、意外に長期政権になるのではないか。何となくドイツのメルケル首相っぽくもある。

――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英住宅ローン融資、3月は4年ぶり大幅増 優遇税制の

ビジネス

LSEG、第1四半期収益は予想上回る 市場部門が好

ワールド

鉱物資源協定、ウクライナは米支援に国富削るとメドベ

ワールド

米、中国に関税交渉を打診 国営メディア報道
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story