コラム

戦争映画に思うこと

2011年03月04日(金)15時52分

 T.O.P(トップ)の、人を射抜くような目が好きだ。くっきりとした二重に大きな黒い瞳。長く濃いまつ毛でアイラインを入れたように目尻が際立つ。手が届くものならば、そのまぶたに触れたい──そんな目をしている。

 韓国のヒップホップグループ「BIGBANG」のT.O.Pことチェ・スンヒョンが初主演した映画『戦火の中へ』が先月から日本で公開されている。朝鮮戦争で北朝鮮軍の猛攻に立ち向かった韓国の学徒兵71人の死闘を描いた作品。この血戦で命を落としたイ・ウグン少年が母親に充てた「送れなかった手紙」をもとに製作された。

 BIGBANGのラッパーとしてステージに立つT.O.Pの目は、高慢で威圧的だ。昨年TBSで放送されたドラマ『アイリス』でスナイパー役を演じたときも、「人殺し」の雰囲気を存分に漂わせていた。だが『戦火の中へ』の冒頭約15分、その眼光にいつもの鋭さはまったくない。あるのは16歳で戦場へ送られた少年のあどけなさと恐怖。言葉もほとんどない。ただただ悲しい目で表情で、人を殺めることへの恐怖を訴えている。(いい意味で「へたれ」を好演しているのだ)

 イ・ジェハン監督はこう言う。「登場人物の感情を絶対に逃したくなかった。T.O.Pには『演技をしなくていい、ただ感じてくれ』と注文した。感情も伝えなくていい。カメラも意識しなくていい。周りで起こっていることに繊細に反応してくれ、と」

 爆発の轟音と鬼気迫る銃撃戦、一瞬にして手足が吹き飛ぶ血生臭さ──。これらも戦争のリアルさを描写していることに間違いはないと思う。でも派手な効果音と戦闘シーンばかりで、感情の機微が描かれていない戦争映画は好きになれない。最後には「正しい戦争」のために身を投げ出す兵士を「英雄」にして"ヒロイズム"にひたる映画も嫌いだ。昨年のアカデミーを制した『ハート・ロッカー』は、時限爆弾の音を聞きながら爆弾処理に陶酔するビデオゲームを見ているような気分にさせられた。

『戦火の中へ』にも、もちろん戦闘シーンや派手なアクションがある。この映画が傑作だと言うつもりもない。(T.O.Pとクォン・サンウをキャスティグして、製作段階から日本市場を睨んでいたであろうイヤらしさも少し気になる)。

 それでも冒頭15分は見る価値のある作品だ。T.O.Pが市街戦でトラックに乗り込むシーンに、出兵時にトラックの荷台から母との別れを惜しんだ回想シーンを重ねるところなどは、さすが『私の頭の中の消しゴム』を撮ったイ・ジェハンだと思わせる。

 だがもしかしたら、どんなに美しく悲しい映像よりも、いたたまれない気持ちにさせられるのは、イ・ウグン少年の手紙かもしれない。

 お母さん、僕は人を殺しました。
 それも石垣一つ隔てて。
 僕は特攻隊員と共に手榴弾という恐ろしい爆発兵器を投げて
 一瞬にして殺してしまいました。

 お母さん、なぜ戦争をしなければならないのですか?
 僕は怖くなります。
 今、僕の隣にはたくさんの学友が死を待っているかのように
 敵が襲いかかってくるのを待ち、
 熱い日差しの下でうつ伏せになっています。


──編集部・中村美鈴

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...その正体は身近な「あの生き物」
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story