コラム

わが家のiPad5ヶ月戦記

2010年10月19日(火)19時02分

 アップルの第4四半期(7~9月、同社は9月末が決算の年度末)の売上高、利益がともに過去最高を記録した。売上高は203億ドル(1兆6443億円)、純利益が25億ドル(2025億円)。神戸市の予算額が1兆8000億円だから、アップルは四半期だけで人口150万人の都市と似た大きさの経済規模をもっていることになる。

 高収益の原因はほかでもないiPhoneとiPadの好調ぶりにある。第4四半期だけでiPhoneは前年同期比91%増の1410万台を、iPadも419万台を販売。iPadは4月の発売開始から半年で750万台を売ったという。

 我が家にその750万分の1のiPadが来てからまもなく5ヶ月になる。「本がいらなくなる!」とか、「ライフスタイルとビジネスを根底から変える!」とか、はたまた「すべてを変える!」とか、自分の周りのあらゆることが根こそぎ変化するような期待感をもって、アップルストアから送られてきたパッケージを開けたのが、何だかはるか昔のことのように思える。

 結論から言うと、iPadが来たことで生活はほとんど良くなってはいない。むしろ、悪くなった部分の方が多いかもしれない。

 そもそもiPadがiPadだけでは起動しない、ということを知らなかったのがつまづきの始まりだった。iPadを起動するには、マックだとLeopard以上のバージョンのOS(基本ソフト)を搭載したパソコンにつなぐ必要があるのだが(iTunesで管理するため)、わが愛用機は4年前に買ったiBook G4。OSはLeopardの1つ前のTigerだから、何度iPadをiBookにつないでも「ピロリロリ」と奇妙な電子音がするだけで動き出すはずもない。やむなくLeopardをネットショップで購入して、2時間かけてiBookにインストール。ようやく我がiPadが起動したのは、配達から3日後のことだった。

 たしかにマックのウェブ閲覧ソフトSafariやメールソフトの情報をすぐ読み込んで、パソコンと同じ感覚ですぐ使えたのは便利だった。起動もパソコンよりずっと速いので、リビングの片隅に置いておけば瞬時にメールをチェックできる。

 買った直後にはまったのが、App Storeで無料のおもしろアプリを見つけてはダウンロードすること。まるで買い物依存症のようにダウンロードしては削除することを繰り返したが、5ヶ月経った今も残っているのは麻雀ゲームのアプリなどほんの少ししかない(それも最近ではほとんど使っていない)。

 産経新聞は2カ月購読した。iPadの大きさと情報量は雑誌よりむしろ新聞に向いていると思うが、最初は無料だったのがしばらくして有料になった時点で(月1500円)「費用対効果」を考えるようになり、2カ月で読むのをやめた(もう少し料金安くなって、バックナンバーも読めるようになるとまた購読するかもしれない)。

 古典の名著230冊が入った青空文庫(700円)は確かにおトクかもしれない。夏のオーストラリア旅行はあえて本をもたずiPadだけで通したが、おかげで長く読む機会のなかった太宰治の『人間失格』と森鴎外の『舞姫』『ヰタ・セクスアリス』を読破できた。ただ今にいたるまで、本当に読みたい本をiPadで読んだことはない。そもそもどこで手に入るか分からないし(調べるのもめんどくさい)、寝転がって見ていると腱鞘炎になりそうなくらいiPadが重く感じられるからだ。

 家の中でいちばんiPadを愛用しているのは5歳の娘かもしれない。最初は親が面白がってYoutubeのアニメの動画を見せていたら、最近ではすっかり動かし方をマスターして、自分で勝手にYoutubeの「プリキュア」とか「ちびまる子ちゃん(実写版)」の画像を探して見ている。あまりに中毒気味なので、この間「ガマンできないならもう捨てる!」と叱ったら泣き出した。

 中毒気味だったのは何も娘だけでなく筆者も同じ。リビングにいる間じゅうメールやニュースをチェックしているので、「iPadが来てから会話がなくなったと思わない?」と、最近妻にやんわりとたしなめられた。

 画面上のキーボードに文字を打つのはストレスなので、仕事では使えない(付属のキーボードも売っているが、それを使ったらiPadの意味がなくなると思う)。画面上のテキストをコピーしたいとき指先で範囲を指定するのだが、それがさっぱりうまくできず、本当にイライラさせられる。結局、今はメールとネットしか使っていない。

 7月に宮崎駿監督が指摘したとおり、iPadは「全能感」という夢を与えてくれるだけの玉手箱だったのかもしれない。箱を開けたら中はからっぽ。煙が出てきてあっという間に老人に......というのは悪い冗談だが。

――編集部・長岡義博

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

キオクシアHD株、ベインキャピタル系が一部売却 保

ビジネス

前場の日経平均は続伸、AI関連株などが押し上げ T

ワールド

アングル:スマトラ島豪雨被害、森林破壊で被害拡大か

ワールド

ベネズエラの変革は武力以外の方法で、ローマ教皇が米
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 3
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 4
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 5
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 6
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 9
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 10
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story