コラム

災害支援をテロの標的にさせるな

2010年08月29日(日)15時31分

 パキスタンの洪水被害は先週末以降、南部のインダス川下流域に被害が拡大し、政府や国際機関の救援活動が追いつかない事態になっている。そこに嫌なニュースが入ってきた。

 米国務省のクローリー広報官が、8月26日の定例会見で「パキスタンのタリバン運動(TTP)」などのイスラム武装勢力が「洪水の災害支援を行っている外国人をテロの標的にするという情報」があることを明らかにした。

 情報源が示されていないため、この情報の信頼度を測るのは困難だ。ただ関係者なら誰しも、今月初めに起きた痛ましい事件を連想せずにはいられないだろう。

 隣国アフガニスタン北東部のバダグシャン州で8月5日、医療支援団体「国際支援ミッション(IAM)」の眼科医療チーム10人が武装勢力の襲撃を受けて殺害された。殺害されたのはアメリカ人6人、ドイツ人1人、イギリス人1人、通訳のアフガニスタン人2人で、東部での医療活動を終えて首都カブールに戻る途中だった。IAMは1966年からアフガニスタンの無医村地域などで活動を続けている。犯行声明を出したタリバンは、医療チームが「キリスト教の布教していた」と言うが、IAMはこれを否定している。

 BBCをはじめとするイギリスの報道機関は、殺害されたイギリス人が若い女性医師で結婚を間近に控えていたこともあって、殺害の経緯も含め大きくこの事件を取り上げた。これまで比較的治安が良いとされていた北東部で事件が起きたことで、各国の援助関係者は今後の活動方法の再検討を迫られているという。

 国籍や宗教が問題なのではない。2008年8月に、アフガニスタンで長年に渡って医療や農業分野の支援活動を続けている日本のNGO「ペシャワール会」のメンバー伊藤和也さんが誘拐されて殺害される事件が起きたことは記憶に新しい。

 複雑な歴史的背景が絡む中東の問題を善悪だけで単純に測りたくはない。それでも困窮する地元住民を助けようと善意で活動している人たちが無残に殺害されるのは、あまりにもやりきれない。

 パキスタンでは日本の自衛隊が支援活動を始めているし、日本赤十字社の医療チームも現地に向けて出発した。活動に伴う危険には、十分に警戒してもらいたい。そして当然だが、支援活動に携わる人たちがテロの標的となることは絶対に許容できない。日本の世論も、もっと怒っていいと思う。

――編集部・知久敏之

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税の影響で

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story