コラム

行き過ぎた円安が終わり、2023年に懸念されること

2022年12月06日(火)17時50分

岸田政権が、より対応が難しい「大幅な円高」に苦慮するケースは...... Lillian Suwanrumpha/REUTERS

<最近の金融緩和に関する偏向した議論に影響され、岸田政権が仮にアベノミクス路線の転換を進めれば、日本経済にとって無視できないリスクになる......>

為替市場では10月中旬に1ドル150円前後まで円安ドル高が進んだが、12月2日には一時1ドル133円台まで円高ドル安に動いた。11月は米インフレ指標(消費者物価)の下振れ、パウエルFRB(米連邦準備理事会)議長の発言が「ハト派」とみなされたことで、米国の長期金利が大きく低下したことが、ドル安を促した。

もっとも、FRBの利上げ期待を反映する米国2年物国債金利はやや低下しているが4.3%前後(12月2日時点)で推移しており、10月中旬からあまり変わらず、高止まりが続いていると言える。ただ、ドル円は、8月以来となる円高水準まで動いた。FRBの政策に対する思惑だけでは、最近1か月の円高ドル安を説明することは難しく、米金利とドル円は「かい離」しているようにみえる。

この「かい離」の一つの理由は、今年の夏場から10月中旬にかけてドル高円安が、ユーロドルなど他の通貨よりも急ピッチに進む場面があり、その反動が大きく表れていることだろう。11月15日当コラムでは、円安に関する国内メディアの報道が過熱したことが、円安への投機的な動きを促したと指摘した。「悪い円安」「円安は日本経済衰退の象徴」などが典型例だが、これらの多くに筆者は強い疑問を感じていたが、こうした声が投機的、行き過ぎた円安を促したとみられる。その巻き戻しが、11月中旬からの最近のドル高円安をもたらした一因と思われる。

米国のインフレは最悪期を過ぎつつある

このまま、円高ドル安が続くかどうか。短期的な為替市場の予想は難しいが、筆者はやや懐疑的である。最近の円高ドル安は、投機的な値動きの「反動」が大きく影響している側面がある。ドル円の趨勢に大きく影響するのは、やはりFRBの金融政策である。

金融政策に影響を及ぼす、米国のインフレについては最悪期を過ぎつつあると筆者は考えている。ただ、FRBがインフレ警戒姿勢を緩めて、利上げ打ち止めを考え始めるにはまだ時間がかかるとみられる。11月分の雇用統計において、平均時給が前年比+5.1%と再び伸びが高まった。今月の雇用統計については、調査サンプルが少ないなど精度の問題があるが、労働市場市場に起因する賃金上昇が落ち着くには時間を要していることを示している。

インフレ圧力ピークを過ぎつつあるにしても、FRBがインフレ警戒姿勢を簡単に和らげることは難しく、2023年春先まで試行錯誤する時間帯が続くのではないか。来年2月以降のFOMC会合を見据えた早期利上げ打ち止め期待が剥落して利上げが続くとの期待が強まれば、再びドル高円安に動く場面が想定される。

ただ、先に説明した、国内のメディアを通じて伝えられた、「円安を煽る」声が再び盛り上がる可能性は低いだろう。このため、10月にみられたような1ドル150円を超える、大幅なドル高円安が再び訪れる可能性は高くないように思われる。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、イラン・イスラエル仲介用意 ウラン保管も=

ワールド

イラン核施設、新たな被害なし IAEA事務局長が報

ビジネス

インド貿易赤字、5月は縮小 輸入が減少

ワールド

イラン、NPT脱退法案を国会で準備中 決定はまだ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story