コラム

『フロント・ページ』はドタバタコメディーだけど大事なテーマが詰まっている

2023年12月07日(木)20時33分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<新劇の俳優養成所に通っていた70年代、名画座で観たビリー・ワイルダー監督のコメディーが教えてくれたこと>

大学時代に映研に所属して8㍉映画を撮っていたことについては、この連載でも何度か触れた。スタッフはもちろん、キャストも自分たちでやる。最初は棒読みだったと思うが、何度かサークル仲間の映画に出演しているうちに演技も面白いと思い始め、4年生になって多くのクラスメイトが就活に焦り始める頃に新劇の俳優養成所に入所した。

同期は学生から会社員までさまざま。男たちの多くの憧れは原田芳雄と松田優作、そしてショーケン(萩原健一)。だから(僕も含めて)半分近くはサングラスに長髪で革ジャン。つまり形から入っていた。ちなみに女の子たちの憧れは桃井かおりが多かったように思う。

芝居に身を投じるほどの情熱があったわけではない。大学を卒業して就職するという既成のコースに乗るだけの覚悟ができていなかったのだ。とはいえ大学を中退するほどの度胸もない。その意味では芝居でも音楽でも(政治)運動でもよかったはずだ。要するにモラトリアムを延長したかっただけなのだ。






ただし入所したときは、それなりに演技に夢中になった。稽古の後は渋谷の居酒屋で同期生たちと、ニューヨークのアクターズスタジオ出身のダスティン・ホフマンはカメラに写らないポケットの中まで役作りするんだぜ、などと青くさい演劇論を語り合いながら安酒を飲んでいた。

新劇の養成所ではあるけれど、舞台志向の同期生は少数派だったと思う。映画やテレビドラマで脚光を浴びることが夢だった。

そんなときに都内の名画座で『フロント・ページ』を観た。監督は名匠ビリー・ワイルダー。主な舞台は1920年代、シカゴの裁判所の記者クラブ。記者たちはここに机を置き、昼から酒を飲みながらポーカーに耽ふ ける。つまり彼らは当時のアメリカ社会のアウトサイダーだ(記者と知ったタクシーの運転手から乗車拒否されるシーンがある)。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米政権「トランプ氏の交渉術の勝利」、カナダのデジタ

ワールド

EU、米関税一律10%受け入れの用意 主要品目の引

ビジネス

ECB総裁「世界の不確実性高まる」、物価安定に強力

ワールド

トランプ氏、7月7日にネタニヤフ首相と会談 ホワイ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引き…
  • 8
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 9
    自撮り動画を見て、体の一部に「不自然な変形」を発…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story