映画『憂鬱之島』に込められた香港の怒りと悲しみ
ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN
<文化大革命から逃れるために恋人と海を泳いで渡ってきた老人、天安門事件で権力と闘いながら香港へ逃げてきた男、政治運動から経済にシフトを移して権力への抵抗を諦めた男──なぜ「ブルーアイランド」なのか。観ればその意味が分かる>
かつて香港情勢はニュースのトップだった。その後に新型コロナウイルスの蔓延やミャンマーのクーデター、ロシアによるウクライナ侵攻などが起きて、いつの間にか香港情勢は日々の報道の前面から消えた。
ただしこれは香港だけではない。何も解決していないのにミャンマー報道はほぼ途絶え、新型コロナのニュースも最近は前面から姿を消し、5カ月近く続くウクライナ報道も、気が付けばずいぶん後退している。
ある意味で仕方がない。人の興味や関心は移り気だ。そしてテレビや新聞などマスメディアは市場原理で動く。つまり社会の多数派の興味や関心が反映される。こうして情報は淘汰される。
ある意味で仕方がないとは書いたけれど、それが良いとは決して思わない。香港もミャンマーも、あるいはシリアやアフガニスタンも、最初の衝撃が過ぎた今こそ大切な時期のはずなのに、ほぼ世界の関心から取り残されている。40万人近い命が犠牲になっているイエメン内戦は進行形だけど(現在は停戦中)、これを知る日本人はとても少ない。ほぼ報道されないからだ。
市場原理は映画も同様だ。ただし、そのマーケットが必ずしも多数派の興味や関心を反映しない場合もあるドキュメンタリー映画は、狭くてニッチなテーマに特化することが可能だ。これを言い換えれば、丁寧さや完成度よりも、強いテーマ性や迅速性を求められる傾向が強いということになる。その帰結として多くのドキュメンタリーの手触りは、現実を過剰に加工すべきではないとの抑制も働くゆえか、(自戒を込めて書くが)かなり粗い。
前置きが長くなった。日本と香港の合作で、多くの映画祭で話題となり、7月に日本で世界初公開された『Blue Island 憂鬱之島』は、実に緻密でウエルメイドなドキュメンタリーだ。圧倒的な撮影と練りに練った編集が、中国の近代化のきしみと矛盾、香港と中国の歴史の相克、そしてドキュメンタリーにおける実とドラマにおける虚の融合を提示する。
文化大革命から逃れるために恋人と共に海を泳いで香港島に渡ってきた老人、天安門事件で権力と闘いながら香港へ逃げてきた男、そして没入していた政治運動から経済にシフトを移して権力への抵抗を諦めた男。この3人をメインの被写体にしているが、ラストのサイレント・レジスタンスが示すように(このシーンは本当にすごい)、被写体は香港に生きる全ての人たちだ。
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