コラム

クズは人の基本型? 姑息で卑小な人間を『競輪上人行状記』は否定しない

2022年03月25日(金)16時55分
競輪上人行状記

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<ひとことで言えば「重喜劇」──高潔なのに卑小、賢いのにバカな主人公は人生にもがきながらどんどん堕(お)ちる。それだけでなく登場人物のほとんどがクズだ。でも映画はそれを肯定する>

これだけ連載が続いた今頃になって書くことではないけれど、どちらかといえば邦画はそれほど観ない。これまでの生涯で観た映画の量としては、圧倒的に洋画が多いはずだ。

でもせっかくこの連載を与えられたのだから、今はできるだけ観るようにしているし、古い記憶を必死に振り絞って書いてもいる。

でも記憶を振り絞ろうにも、邦画が黄金期だった昭和20年代から30年代の映画は、(時おり名画座で特集上映されていた)黒澤明や小津安二郎、成瀬巳喜男などは別にして、ほとんど観ていない。見逃している面白い映画はたくさんあるはずだ。

そう考えて、骨の髄からの映画フリークである脚本家・監督の井上淳一に相談した。

何かおすすめある?

ああ、いくらでもあるよ。

......というわけで今回は、井上淳一おすすめ映画第1弾。そもそも『競輪上人行状記』というタイトルを僕は知らなかった。日活ロマンポルノを代表する西村昭五郎の監督デビュー作で、脚色は大西信行と今村昌平。主演は小沢昭一。脇を固めるのは加藤嘉と南田洋子、加藤武に高橋昌也、小山田宗徳、そして渡辺美佐子。

内容をあえてひとことにすれば、脚色の今村の造語である「重喜劇」だ。ストーリーは競輪で身を持ち崩す僧侶の顚末。テンポは軽妙で速いが、テーマはずっしりと重い。原作者は浄土宗僧侶で作家、競輪愛好家でもあった寺内大吉だから、自身をモチーフにしているのは明らかだ。

何よりも、『ツィゴイネルワイゼン』や『陽炎座』など鈴木清順監督作品で知られる永塚一栄のカメラワークがすごい。斬新で挑発的なのだ。家出した教え子を単身で捜す熱血教師。葬式仏教を否定して仏道に覚醒したストイックな僧侶。競輪で莫大な借金をつくってヤクザから逃げ回るチンピラ。義姉に欲情しながらかつての教え子を連れて競輪の予想屋となる男──。これが全て一人の男なのだ。とにかく先が読めない。

小沢演じる主人公の春道は、人生にもがきながらどんどん堕(お)ちる。高潔なのに卑小。賢いのにバカだ。飲み屋のチンピラたちから追われる春道が蒸気機関車の煙に消えてゆくショットが、メタフォリカルで素晴らしすぎる。

春道だけではない。弟分の僧侶を演じる高原駿雄や春道を競輪に誘う加藤武、息子の嫁に手を付ける加藤嘉、最後の大ばくちで負けて無理心中を図る渡辺美佐子まで、とにかく登場人物のほとんどがクズだ。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

英財務相、予算案で個人所得税を増税する方針=報道

ワールド

原油先物、小幅反発も2週連続下落見通し 供給懸念が

ワールド

政府、対日投資の審査制度を一部見直しへ 外為法の再

ビジネス

日経平均は5万円割れ、一時1000円超安 主力株が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 5
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 6
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 9
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 10
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 9
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story