コラム

米中貿易戦争の敗者は日本、韓国、台湾である

2020年01月17日(金)19時20分

なぜこんなことになったのだろうか。それは今日の貿易が国を跨いだサプライ・チェーンによって行われていることに由来する。アメリカが中国から輸入している財の多くは、日本、韓国、台湾など他の国から中国が輸入した部品や材料を加工したり、組み立てて作られたものである。日本から中国への輸出のうち69%は電子部品や化学材料などの中間財であり、それらは中国で電子機器などに組み立てられて、アメリカなどに輸出される。

国を跨ぐサプライ・チェーンをヘビにたとえると、その頭をトランプ大統領が思いっきり殴った。するとその痛みは胴体である中国を通じて、しっぽである日本、韓国、台湾に伝わったのである。

ではトランプ大統領が殴ったつもりの中国はなぜ輸出の減少という痛みを感じていないのであろうか。それは中国がアメリカに対する輸出の減少分をおもに東南アジアとヨーロッパ向けの輸出の増加で取り返しているからである。中国が東南アジアに輸出する財は、アメリカに輸出する財に比べて相対的にローエンドのものが多いので、その部品や材料も日本、韓国、台湾からの輸入品ではなく、国産品が多く使われているのだろう。そのため、東南アジア向けの輸出が増えても日韓台からの部品輸入の増加にはつながらないのである。

日本は二重の敗者

日本、韓国、台湾が米中貿易戦争の隠れた被害者であるし、「第1段階の合意」は日韓台の被害をますます拡大する可能性が高い。なぜなら、日韓台の対中輸出を阻害しているアメリカの追加関税が撤廃されていないばかりか、中国がアメリカから2000億ドルも輸入をふやすことを約束してしまったからである。その中には工業品の輸入を777億ドル増やすという約束もふくまれている。もし中国がこの約束を守るとすると日本、韓国、台湾から中国への輸出が削られることは必至である。

米中の「第1段階の合意」に対して、日本の産業界ではとりあえずホッとした、という声が強いようである。事態が悪化するのを防いだという意味では評価できるのかもしれないが、アメリカから中国への輸出を不当に優遇する合意に対して、なぜ日本の産業界やマスコミがこうも無頓着なのか不思議でならない。日本から中国に対する中間財の輸出に悪影響をもたらすアメリカの追加関税が撤廃されず、中国がアメリカからの輸入を優遇するとすれば、日本は二重の意味で敗者となる。自由貿易を歪めるこうした合意に日本は断固として抗議すべきではないのか。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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