コラム

米中貿易戦争は無益なオウンゴール合戦

2018年07月19日(木)16時20分

ロシアW杯の決勝戦でオウンゴールを「決めた」クロアチアのマンジュキッチ Kai Pfaffenbach- REUTERS

<アメリカが中国製品に制裁関税をかけると中国も報復するという「貿易戦争」に突入してしまった米中。それが自国の損失をもたらすオウンゴールだということが、トランプにはわからないのか>

自由貿易は強国の戦略である。

強国は、関税など貿易に対する障壁を撤廃したとき、自国の産業が必ず勝つという自信があるから、自国の障壁を率先して撤廃するとともに、相手国にも撤廃を求めるという戦略をとることができる。もちろん比較優位の原理によれば、自国の中で相対的に弱い産業は相手国に譲ることになるが、それでも国全体としては利益になると信じられるからこそ強国は自由貿易を推進する。

WTOも空中分解の危機

19世紀にはイギリスが世界最強の工業力を持ち、その自信を基盤に自由貿易を推進した。二度の世界大戦でヨーロッパが荒廃し、アメリカが突出した国力を持つようになった第2次世界大戦後は、アメリカを中心にGATT(関税貿易一般協定)が締結され、そのもとで自由貿易が推進された。

アメリカは1980年代頃には工業製品の貿易よりも、サービス分野での自由化や知的財産権の保護に関心が移ったが、それでも一貫して財・サービス貿易の自由化を追求してきたといえよう。

強国は、後進国に対しても「自由貿易は君たちにとっても利益になるよ」といって関税の引き下げを求めてくる。だが、後進国が持ちたい産業は往々にして最初はかよわいので、強国の言いなりになって関税を引き下げていったら産業発展の芽は摘まれてしまう。そういう後進国の気持ちに配慮して、GATTおよびその発展形であるWTOでは後進国は先進国ほどの自由化をしなくてもいいというハンディが認められてきた。

中国も平均関税率が9.9%と高率であったり、サービス分野での自由化がまだ限定的であったりと、途上国としてのハンディを認められている。2001年にWTOに加盟するときには、それでも加盟前に比べればずいぶん関税も引き下げたし、輸入に対する様々な規制も撤廃したので、中国の産業に対して大きな試練だと思われたが、蓋を開けてみたら中国はむしろ自由化をバネにして大きく飛躍した。

いま世界を大きな混乱に陥れているのは、世界の最強国であるアメリカの大統領だ。どういうわけか「アメリカは世界の笑いものにされている」という被害妄想に取りつかれ、「もう一度、アメリカはスゴイと言わせてやる」と言い出して、見当違いの政策を実施し始めた。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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