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94歳の発明家が地球を救う?

2017年05月10日(水)18時30分

グッドイナフは50年近く、この目標を追求し続けてきた。始まりは、70年代にマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究員だった頃にさかのぼる。当時、アメリカが深刻な石油危機を経験したことをきっかけに、石油依存から脱するための発明を目指すようになったのだ。

数年後、イギリスのオックスフォード大学に移籍した後も、研究を続けた。そして80年、コバルト酸リチウムなどを用いた電池を作る方法を提案した。電池にリチウムを用いるアイデア自体は既に唱えられていたが、実用化は難航していた。

「これにより初めて、小型の機器と比較的大きな機器の両方に使えるリチウムイオン電池が登場した」と、電池開発競争の歴史を描いた『バッテリーウォーズ』の中で著者スティーブ・レビンは書いている。

80 年代に、今のアップルのように立て続けにヒット商品を世に送り出していた企業がソニーだった。79年に「ウォークマン」を発売、82年には最初のCDプレーヤーを、89年には「ハンディカム」を売り出した。

そして91年、グッドイナフのリチウムイオン電池を商品化し、携帯型機器の電源問題を解決した。ソニーの一連の商品をきっかけに、世界のエレクトロニクス企業が一斉にリチウムイオン電池と、それを電源として用いる機器の開発に乗り出した。

その頃、グッドイナフはテキサス大学オースティン校に移籍していた。画期的な発明に対しての対価らしい対価は得られていなかった。「オックスフォード大学は特許取得を拒んだ。知的財産権を持つことに利点を感じていなかったようだ」と、レビンは書いている。

08年には、バフェットが2億3100万ドルを費やして中国企業の比亜迪汽車(BYDオート)の株式の10 %を取得した。オンラインビジネス誌のクオーツによれば、この会社はグッドイナフの研究室から盗んだテクノロジーで電気自動車を開発しているように見えた。

A123システムズという米企業も、グッドイナフの技術を基にリチウムイオン電池を開発した。同社は09年にIPOで5億8700万ドルを調達したが、グッドイナフの儲けには全くつながらなかった(同社は12年に破産申請)。

テクノロジー業界は、年長の発明家や起業家に対する敬意があまりに欠けている。カリフォルニア州によると、シリコンバレーのテクノロジー企業上位150社は、08~15年の間に年齢差別で合計226回裁判に訴えられている。

シリコンバレーの有力ベンチャーキャピタリストのビノド・コースラはかつて、こう述べたとされている――「45歳を過ぎた人間は新しいアイデアの生みの親としては死んだも同然だ」。そのコースラはいま62歳だ。

こうした認識の誤りを浮き彫りにするデータは多い。ある研究によれば、成功している起業家の数は、50歳以上が25歳未満の2倍に達するという。物理学者が生涯最高の成果を上げるのは48歳前後だという研究もある。それに、グッドイナフのキャリア自体が年齢に関する固定観念を覆すものだ。

聡明なテクノロジー企業は、求人広告にこう書いたほうがいいのかもしれない――「偉大な発明家を求む。応募条件は、経験70年以上」。

ケビン・メイニー

[2017年5月2日&9日号掲載]

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