コラム

日銀「植田新総裁」に市場はひと安心...だが、学者ならではのマイナス要因も

2023年02月23日(木)13時19分
経済学者の植田和男氏

経済学者の植田和男氏 AKIO KONーBLOOMBERG/GETTY IMAGES

<黒田時代の緩和路線からの緩やかな撤退が至上命題となっている日銀にとって、植田氏の総裁就任は大きなチャンスだが......>

政府は4月8日で任期を終える日本銀行の黒田東彦総裁の後任に、元日銀審議委員で経済学者の植田和男氏の起用を決めた。国会の同意が得られれば、正式に総裁に就任する見通しである。

今回の人事は完全にサプライズであり、ほとんどの関係者が事前に予想していなかった。その理由は、次期総裁の本命とされていたのは、政府が就任を打診したとされる雨宮正佳副総裁だったからである。ところが、その雨宮氏は就任を固辞したと報道されており、植田氏に白羽の矢が立った。

植田氏は著名な学者であり、日銀審議委員という実務経験を持ち、日銀では緩和策の導入に際して理論面で支える役割を果たしてきた。加えてGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用委員長を務め、市場にも精通している。過去の論文を見ても、基本的にバランスの取れた金融政策を重視する立場であり、申し分のない経歴といってよい。

植田氏のこれまでの実績から考えると、黒田路線の継続について一定程度、重視する可能性が高く、急激な政策転換は考えづらい。実際、記者団に対して植田氏は、(総裁に就任することになった場合)「現状では金融緩和の継続が必要」と述べている。

こうした点から考えると、現副総裁として黒田路線を支え、必要に応じて緩和策の修正を行うと予想されていた雨宮氏と方向性については大きな違いがないように見える。急激な政策転換による市場の混乱を回避できるという点では、市場関係者にとっては一安心といったところだろう。

現在の金融政策は適切であるとの見解

だが、植田氏がどのような人物なのか、市場にまだ十分に浸透していないという現実を考えると、総裁就任後、植田氏の一挙手一投足に注目が集まるのは確実である。これは、緩和路線からの緩やかな撤退が至上命題となっている日銀にとって大きなチャンスであると同時に、場合によってはリスク要因にもなり得る。

植田氏は、学者だった自身の経歴から、金融政策における判断は論理的に行うと述べている。また、日銀が提示している景気と物価の見通しを踏まえ、現状の金融政策は適切であるとの見解を示している。

そうなると、植田氏は景気や物価の見通しを明確に示すフォワードガイダンスを継承し、論理的手順を踏んだ上で、前もって方針を表明するというスタンスで金融政策に臨む可能性が高い。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個

ワールド

「トランプ氏と喜んで討議」、バイデン氏が討論会に意
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story