コラム

日本でまともな「ベンチャー企業」が育たない理由...本当の問題は資金調達ではない

2022年10月25日(火)18時10分
東京証券取引所

TORU HANAIーBLOOMBERG/GETTY IMAGES

<岸田政権が進める大企業によるベンチャー買収の促進策は、日本における起業を活性化させるには正しい方針だ。ただ具体的な方法については実効性に疑問が残る>

政府が、大企業によるベンチャー企業買収を促進する施策について検討を始めている。ベンチャー企業を買収した場合、株式取得額の25%を課税所得から控除する案が出ているという。岸田政権は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付けており、税制優遇することによってベンチャー企業にとっての「出口戦略」を容易にし、起業の活性化につなげる。

大企業による買収を促進する今回のプランは、的外れなベンチャー支援策ばかり繰り返してきた日本政府としては、珍しく正しい方向性といえる。日本においてベンチャービジネスが活性化しないのは、資金が集まらないことが原因であるという説が、まるで神話のように語られてきたが、これは事実ではない。

日本国内のベンチャー投資金額は年間1兆円規模に達しており、対GDP比ではドイツと同水準、イタリアの5倍もある。アメリカと比較すると10分の1以下だが、同国は世界でも類を見ないベンチャー大国であり、極めて特殊なケースと言っていい。少なくとも日本の資金調達環境が諸外国と比べて著しく劣っているわけではない。

では、なぜ日本ではベンチャー企業が育ちにくいのだろうか。最大の問題は、資金調達ではなく、むしろ資金を集めてからで、日本の商慣行が大きな壁として立ちはだかっている。

日本でベンチャーが育たない本当の理由

日本ではベンチャー企業が新しい製品やサービスを開発しても、大企業は「前例がない」「新しいものはよく分からない」といって取引を拒むケースが多く、ベンチャー企業の事業継続が困難になっている。このため、多くのベンチャー企業が十分な規模に成長することができない。一方で証券業界は手数料欲しさに、成長途上の未熟な企業まで無理に上場させてしまうため、株価が急落して投資家が損失を出すなど悪循環の連続となっている。

大企業が積極的にベンチャー企業を買収すれば、規模が小さく会社の体制が脆弱であっても、創業者や出資者は利益を得ることができる。加えて大企業の組織に起業家出身者が加われば、確実に組織は活性化し、やがては会社から独立して起業家になる人物も増えてくるだろう。上場が主な出口となっている現状と比較して、さまざまな面でハードルが下がると予想される。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米英欧など18カ国、ハマスに人質解放要求 ハマスは

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低

ビジネス

米新規失業保険申請5000件減の20.7万件 予想

ビジネス

ECB、インフレ抑制以外の目標設定を 仏大統領 責
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story