コラム

世界の経済学者の「実験場」となりつつある日本

2016年10月04日(火)16時05分

現金の流通を廃止すればマイナス金利は効果を発揮する?

 同じく著名な経済学者であるケネス・ロゴフ氏は、近著においてマイナス金利の効果を最大限発揮するため、現金の流通を廃止すべきと提言している。日本はその有力候補だというが、日本は経済規模に対する現金の比率が高く、現金を廃止した時のインパクトは大きい。

 現在、日本に流通している紙幣とコインの総額は90兆円ほどで、これはGDP(国内総生産)の17.4%を占めている。同じ比率を計算すると、米国は7.7%、ユーロ圏は10.2%なので、日本の比率が高いことが分かる。

 しかも、ドルとユーロの現金を保有する人のかなりの割合が、資産保全を目的とした外国人であるともいわれる。こうした目的で日本円を保有する人はほとんどいないことを考えると、一般的な国民が日々の決済に使用する現金という意味では、日本は最大の現金保有国の一つということになるのかもしれない。

 量的緩和策は、基本的に現代経済学の主流となっている合理的期待仮説をベースに組み立てられている。つまり、国民は、現在利用可能なすべての情報に基づいてインフレ期待を形成するので、おおむね合理的に振る舞うという考え方である。したがって中央銀行がインフレになるよう適切に政策を実施すれば、それにしたがって市場もインフレになるという仕組みだ。

 ところが日本では、中央銀行がいくら量的緩和を進めてもなかなかインフレにならない。これは各国の経済学者の中でも大きな謎となっている。彼等は、日本は普遍的な理論が適用できない唯一のマーケットなのか、それとも日本人は単に非合理的なだけで、理論そのものは合っているのか、この目で確かめたいと考えているはずだ。

 欧米各国では程度の差こそあれ、量的緩和策の実施によって、市場はおおよそ期待した通りに動いてきた。しかし、この法則が適用できないマーケットが存在した場合、どこまでなら政策を強行できるのかという点について、実は誰も知見を持ち合わせていない。彼等は、日本市場でこうした少々危険な実験を試みたいという誘惑に駆られている可能性が高いのだ。

ミルトン・フリードマンはチリを「実験場」にした

 こうした動きはかつてもあった。マネタリストとして知られる経済学者のミルトン・フリードマン氏は、自らの経済理論の正しさを証明するため、1980年代から2000年にかけてチリ政府に働きかけ、数々の経済的な実験を行った。実際の経済政策の遂行は、シカゴ大学におけるフリードマンの教え子たちが担当したことから、彼等はシカゴ・ボーイと呼ばれた。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドル157円台へ上昇、34年ぶり高値=外為市場

ワールド

米中外相会談、ロシア支援に米懸念表明 マイナス要因

ビジネス

米PCE価格指数、3月前月比+0.3%・前年比+2

ワールド

ベトナム国会議長、「違反行為」で辞任 国家主席解任
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story