コラム

予算オーバー、目的地に届かず中断...イギリス高速鉄道計画が迷走中

2024年10月31日(木)12時05分
ロンドンのHS2ターミナル駅のオールド・オーク・コモン駅の巨大トンネル

ターミナルのオールド・オーク・コモン駅の巨大トンネルは開通 HS2/COVER IMAGES-REUTERS

<高速鉄道HS2はロンドンからイングランド北部を結ぶはずが途中断念、予算は後から果てしなく積み上がり、もはや制御不能に>

大体200マイル(約320キロ)──これは、ロンドンからイングランド国土の主要都市までの距離を考えるときに便利な表現だ。

ロンドン-マンチェスター間の距離は? およそ200マイル。リバプール、ヨーク、リーズ、シェフィールドは? どれも答えは同じ。バーミンガムやブリストルはもう少し近くて、ニューカッスルだけはやや遠いが、それでも300マイル(480キロ)以下だ。要するに、イングランドの都市はロンドンからそう離れていない。

その点、他国、例えばフランスとは事情が異なる。フランスではパリ-マルセイユ間がおよそ500マイル(800キロ)。日本で例えれば、全ての主要都市が東京から見て京都より近い場所にあり、しかも大半が同じ方角に位置している状況を想像してほしい。

シンプルに考えれば、このような狭い国には超高速鉄道は不要という結論になる。だが、2009年に英政府がHS2(ハイスピード2)の新設を決めた際には、そんな単純な理屈は通じなかった。HS2はロンドンからイングランド中部のバーミンガムを経て、北部マンチェスター方面とシェフィールド方面に向かう高速鉄道路線だ。

平均的なイギリス人なら、コストが低く実現が容易な計画であればもちろん賛成するだろう。だが現実は違った。新たな線路を敷設するには広大な土地を強制買収する必要があった。農場は分断され、景勝地の風景は変わり果て、何世代にもわたって所有してきた土地が国家に奪われた。技術面の複雑さによってコスト予測が膨れ上がる可能性が高く、新駅建設に伴う混乱がビジネスや住民の生活、通勤に多大な影響を及ぼした。

どれもこれも全ては、移動時間を約1時間短縮するためだ。当然、「本当にそれだけの価値があるのか」という疑問が噴出した。今となっては、その答えは「絶対にノー」だと分かる。

そう言い切れるのは、野心的な計画が途中で破棄されたからだ。HS2はバーミンガム止まりで(もともと2時間以内で行けた距離だ)、その先の区間の建設は制御不能なコスト高のために中止された。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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