ニュース速報
ワールド

アングル:EUは対米交渉で安易な早期決着望まず、経済規模の優位性に期待

2025年05月15日(木)13時25分

 5月12日、ベセント米財務長官はスイスのジュネーブで開いた記者会見で、米国との貿易交渉でスイスと英国が最前列に躍り出た一方、欧州連合(EU)は「はるかに遅れている」とEUの姿勢に苦言を呈した。写真は、フォンデアライエン欧州委員会委員長とトランプ米大統領。2020年1月、ダボスで撮影(2025年 ロイター/Jonathan Ernst)

Philip Blenkinsop Jan Strupczewski

[ブリュッセル 14日 ロイター] - ベセント米財務長官は12日にスイスのジュネーブで開いた記者会見で、米国との貿易交渉でスイスと英国が最前列に躍り出た一方、欧州連合(EU)は「はるかに遅れている」とEUの姿勢に苦言を呈した。しかしそれほど心配していないというのがEU欧州委員会側の立場だ。

EUは、貿易面では世界三大経済圏の1つであるという規模そのものが優位に働くと確信している。複数のEU高官は、他国に振り回されることなく、英国が締結した協定よりも良い条件を米国に求める方針だと語った。

しかし時間は限られている。焦点となっているのは1兆7000億ドル(約250兆円)規模の対米貿易であり、EUは米国の「相互関税」のうち7月まで一時停止されている上乗せ分が再発動される事態や、米国との全面的な貿易戦争への突入については、回避を望んでいる。

欧州委員会で対米交渉を担うシェフチョビッチ委員(貿易・経済安全保障担当)は先週、「われわれは弱い立場に立たされているとは感じていない。不公平な合意を受け入れるような圧力も感じてはいない」と強気の姿勢を示した。

シェフチョコビッチ氏の発言はベセント長官がジュネーブでEUの交渉姿勢に不満を示す前だった。このジュネーブでの交渉で米中は互いに輸入品への追加関税を100%余り引き下げることで合意し、貿易戦争入りにブレーキをかけたが、それでも欧州委の姿勢に変わりはない。

EUの通商当局者によると、今回の対米交渉はトランプ米大統領が掲げる貿易政策の目的が理解しにくいという難題を伴っている。

欧州委員会のフォンデアライエン委員長は1月のトランプ氏の大統領就任以来、正式な会談を行えておらず、前ローマ教皇フランシスコのバチカンでの葬儀の場で短く言葉を交わしただけだ。

その後、トランプ氏はフォンデアライエン氏を「素晴らしい」と称賛し、「会談できることを願っている」と述べた。これに対してフォンデアライエン氏は「ホワイトハウスに行くなら、議論できるパッケージを持っていきたい」と応じた。この発言は、包括的な貿易協定に向けた交渉を望み、米英間で締結されたような、短期間で政治的な成果を狙った、範囲の限られた取引では満足しないというEUの姿勢を示している。

<厳しい交渉>

米国の統計によると、EUと米国の貿易額は米英間の6倍余りにのぼり、欧州側はこの通商規模が交渉において有利な要因として働くと考えている。

リトアニアのシャジュス財務相はEU財務相会合の期間中、ロイターに「EUが(通商協定で)他国のひな型を採用しなければならなくなるとは、とても思えない」と語った。

一方、シンクタンクのユーロインテリジェンスのアナリストグループは、交渉が単なる貿易の枠を超える可能性に備えるべきだと指摘。「EUがこの分野で前進したいなら、アプローチを考え直す必要があるかもしれない。シェフチョコビッチ氏は貿易の極めて狭い範囲しか語れない。規制障壁の緩和を約束することさえできない」とした。米政府当局者は、EUが付加価値税(VAT)や自動車・食品の安全規制といった非関税障壁を緩和する必要があると主張している。

トランプ氏はVATを貿易障壁と呼んでいたが、米国は英国との協定ではこの点に触れなかったようだ。英国も米国から批判を浴びていたデジタルサービス税や牛肉輸入に関する食品基準で譲歩しなかった。

これまでのところ米国とEUの交渉は難航している。

ドイツの化学品流通大手ブレンタグのクリスチャン・コールパイントナー最高経営責任者(CEO)は14日の決算発表後の電話会見で、EUが交渉を「非常に賢明に」進めていると述べた。ただ、「(関税上乗せ部分の)90日間の猶予は、いわば鎮静剤のようなものだ。市場の先行きに明確な展望を開くような真の治療法ではない」と苦言を呈した。

スイスのIMDビジネススクールで地政学および戦略を教えるサイモン・イブネット教授は、米英間の協定と米中間の休戦から全般的な10%関税と特定分野での25%関税が基本線となることが読み取れると指摘。米金融市場の反応によってトランプ氏は上乗せ関税の90日間停止と対中休戦の受け入れに動いており、市場動向が米政府の暴走を抑制する可能性があるとの見方を示した。米EU間の貿易・投資額は年間9兆5000億ドルにのぼるだけに、この点は米EUの貿易戦争突入という展開の歯止めになるかもしれない。

ただイブネット氏は今後の米EU間の話し合いの見通しについて「交渉は困難を伴い、長期戦となる公算が大きい。最終的に行き詰まり、EUが高い関税を受け続ける恐れもある」と慎重な見方を示した。

ロイター
Copyright (C) 2025 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

エーザイ、26年3月期の営業益微増の見通し 米関税

ワールド

ユーロ圏GDP、第1四半期改定値前期比+0.3% 

ビジネス

IEA、年内の世界石油需要鈍化を予想 経済逆風やE

ビジネス

植田日銀総裁、16日午前9時半から衆院財金委に出席
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:2029年 火星の旅
特集:2029年 火星の旅
2025年5月20日号(5/13発売)

トランプが「2029年の火星に到着」を宣言。アメリカが「赤い惑星」に自給自足型の都市を築く日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    加齢による「筋肉量の減少」をどう防ぐのか?...最新研究が示す運動との相乗効果
  • 2
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 3
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因は農薬と地下水か?【最新研究】
  • 4
    トランプ「薬価引き下げ」大統領令でも、なぜか製薬…
  • 5
    宇宙から「潮の香り」がしていた...「奇妙な惑星」に…
  • 6
    終始カメラを避ける「謎ムーブ」...24歳年下恋人とメ…
  • 7
    サメによる「攻撃」増加の原因は「インフルエンサー…
  • 8
    iPhone泥棒から届いた「Apple風SMS」...見抜いた被害…
  • 9
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 10
    対中関税引き下げに騙されるな...能無しトランプの場…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    加齢による「筋肉量の減少」をどう防ぐのか?...最新研究が示す運動との相乗効果
  • 3
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 4
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因…
  • 5
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 6
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 7
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 8
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 9
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 10
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    加齢による「筋肉量の減少」をどう防ぐのか?...最新…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中