アングル:欧州移住に関心強める米国人、「トランプ氏再登板」巡る不安で

5月4日、米東部ニューヨーク市郊外で暮らすインターレイシャル(異人種)レズビアンカップルのドリス・デービスさん(69)とスージー・バートレットさん(52)は、ドナルド・トランプ氏が大統領復帰を目指すことを決めた時点で、もしトランプ氏が選挙で勝利した場合は、海外に移住しようという決意を固めた。写真はロンドンに移住したウェンディ・ニューマンさん。3月撮影(2025年 ロイター/Hannah McKay)
Catarina Demony Andrew Hofstetter
[ロンドン/ニューヨーク 4日 ロイター] - 米東部ニューヨーク市郊外で暮らすインターレイシャル(異人種)レズビアンカップルのドリス・デービスさん(69)とスージー・バートレットさん(52)は、ドナルド・トランプ氏が大統領復帰を目指すことを決めた時点で、もしトランプ氏が選挙で勝利した場合は、海外に移住しようという決意を固めた。
実際トランプ氏が2期目に就任し、早速人種間の平等や性的少数者LGBTQプラスの権利促進を目的とした一連の政策を撤廃したことに、2人は警戒の目を向けている。
教育コンサルタントの仕事をしているデービスさんは「私たちはこの国を愛しているが、現状は愛せない。自分たちのアイデンティティーが攻撃され続ける時に沸いてくるのは怒りと不満の感情だ」と話す。
現在2人は専門の弁護士に相談し、欧州での移住先候補を検討中。最も関心が高いのは、南欧風生活スタイルに魅力を感じるポルトガルとスペインで、リモートワークをしながら中・長期の滞在ができる「デジタルノマド・ビザ(査証)」もしくは退職者向け長期滞在が可能な「リタイアメント・ビザ」の取得を考えているところだ。
慣れ親しんだ地域社会を離れることを残念に思うデービスさんは「移住は悲しい」と語りつつも、今の米国の状況は政治的にも社会的にも受け入れがたいと強調した。
政府のビザ・市民権に関するデータや、ロイターによる移住支援企業8社への取材を通じて見えてきたのは、トランプ氏の大統領復帰を受けて欧州移住を考える米国人が増えてきたという実態だ。
アイルランド外務省のデータによると、今年1-2月に同国のパスポートを申請した米国人の数は過去10年で最高を記録し、合計4300件弱と昨年から60%前後も増えた。
フランスでも米国人からの長期滞在ビザ申請件数は今年1-3月で2383件と、前年同期の1980人を上回り、フランス当局による許可件数も1787件から2178件に増加している。
移住を支援する企業やウェブサイトからも、政治の分断や銃暴力を理由に海外移住に興味を持つ米国人が著しく増加している様子が分かる。
イタリア移住アドバイザーでイタリアン・シチズンシップ・アシスタンス創業者のマルコ・ペルムニアン氏は、2020年の大統領選でバイデン氏が当選した後、主に共和党有権者からの関心も広がったと明かす。
しかしロイターが取材した大半の移住支援企業は、トランプ氏の大統領復帰以降の方が海外移住への関心の高まりはずっと大規模で、多くの顧客が政策の方向性や社会的な問題に懸念を示したと説明した。
<増える問い合わせ>
昨年11月にトランプ氏が勝利すると、トーク番組司会者のエレン・デジェネレス氏やロージー・オドネル氏など有名人の一部が米国を離れ、メディアの注目を集めた。
しかしミラノで移住ビジネスを手がける「ドゥーイング・イタリー」の創業者テア・ダンカン氏は、昨年11月の大統領選以降はほぼ毎日のように一般の米国人からも情報が欲しいとの問い合わせを受けていると述べた。
ダンカン氏は「人々は今起きていること、これから起こることに不透明感を持っている」と指摘する。
英国でも移民専門の法律サービスを手掛ける企業に対して、米国からの問い合わせが25%余り増加している。
ディレクターのオノ・オケレガ氏によると、特にトランプ政権下で同性カップルの権利や婚姻の保障が弱まることを含めた政治的な変化を心配する声が顧客から聞かれるという。
写真家のウェンディ・ニューマンさん(57)は2022年、政治の二極化に拍車がかかったことなどを理由に夫とともに米国から英国に移住。英国の方が自分の権利が守られていると感じており、永住を希望する。彼女の娘はまだ米国にいるが、英国の大学に入学志望書を提出しており、英国にやってくることができるのではないかと期待している。
ニューマンさんは、トランプ氏に女性蔑視の傾向があり、米国では女性の生殖に関する権利が制限される恐れがある点を挙げ、娘が米国にとどまるのはリスクが大き過ぎるとの考えを示した。
黒人の海外移住を支援するブラグジット・グローバルによると、昨年11月の大統領選後にはウェブサイト訪問数が50%余り急増。同社が運営する月額約17ドルのコミュニティー会員も20%増えた。
自らも2年前にニューヨークからポルトガルに移住したという創業者のクリシャン・ライト氏は、トランプ氏の大統領復帰で自身の判断が正しかったと改めて安心したと話す。
<多くのハードル>
欧州でも右派のポピュリスト政党が各地で支持を得ており、イタリアの保守政権は伝統的価値観の擁護者を唱えている以上、米国からの移住希望者にとって明るい未来一色というわけでもない。
イタリアのメローニ首相は22年に政権の座に就くと「LGBTロビー」と対決するとともに「自然な家族」の枠組みを守り抜くと約束している。
ドイツでは極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が2月の総選挙で第2党に躍進した。
ブラグジット・グローバルのライト氏も、欧州の一部の国の政治状況は「やっかいだ」と認める。ただそれでも、多くの米国人が欧州移住に関心を寄せ続けているという。
一方海外在住の米国人が利用するオンラインコミュニティー、エクスパット・ドット・コム創業者兼最高経営責任者(CEO)のジュリアン・ファリュー氏は、大統領選の際には常に移住が話題になるが、その通り実行する人がどれだけいるのか正確に把握するのは難しいとくぎを刺した。
また米国から海外に移住するには多くのハードルがある。
移住プラットフォーム、リロケート・ドット・ミーによると、具体的には海外での仕事確保の難しさや、リモートワーク規制、欧州の方が給与は低いという問題、世界のどこに住んでいようと米政府から所得税を徴収されることなどだ。
既にオーバーツーリズムや深刻な住宅不足に悩む欧州側としても、より多くの外国人が移住してくるのは喜ばしい展開ではない。複数の国では、国内で反発が強まった富裕外国人向けのビザ発給制度を廃止する動きも出てきている。