ニュース速報
ワールド

アングル:経済危機のスリランカから医師流出止まらず、弱者の医療劣化

2024年02月25日(日)08時07分

 2月19日、 かつて南アジア屈指の水準と見なされていたスリランカの医療システムが、医師の国外流出により劣化し、患者は苦難にあえいでいる。写真は2023年3月、ストライキ中のコロンボの病院で、医師の診察を待つ患者(2024年 ロイター/Dinuka Liyanawatte)

Kanchana Gunaratne

[コロンボ 19日 トムソン・ロイター財団] - かつて南アジア屈指の水準と見なされていたスリランカの医療システムが、医師の国外流出により劣化し、患者は苦難にあえいでいる。

政府医務官協会(GMOA)の労働組合によると、過去2年間で1700人余りの医療従事者がスリランカから国外に流出した。協会はトムソン・ロイター財団にデータを独占提供した。

2021年の流出は約200人にとどまっていた。足元の大量流出は、国民2200万人の大半が依存する国民皆保険制度に大きな打撃を与えている。

商業都市コロンボの南にある国営病院で、毎月の糖尿病検診を受けるために6時間待っていたスリマル・ナラカさん(47)は「医師不足はとても悲しい。経済危機は全員を直撃しているが、健康問題を抱える私たちにとって、その影響はさらに深刻だ」と語る。

最悪の事態が訪れるのは、これからかもしれない。

トムソン・ロイター財団に独占提供された保健省の報告書によると、22年6月から23年7月までに医師4284人が医学評議会から「グッドスタンディング」証明書を取得し、国外脱出を検討している様子だ。この証明書は海外の規制当局に対し、専門家としての地位を証明する際に必須とされる。

同報告書ではまた、5000人以上の医師が英国、オーストラリア、中東諸国から医師免許を取得しており、ほぼ同数の医師が今年と来年、外国で医師免許試験を受けるための枠を確保していることも明らかにされている。

スリランカは債務不履行に陥り、過去70年以上で最悪の金融危機に陥った22年以降、200万人以上のスリランカ人が留学や仕事のために国を離れた。

21年の世界銀行のデータによると、スリランカは人口1000人当たりの医師数が1.2人。経済はゆっくりと回復に向かっているが、医療制度は依然としてお粗末で、待ち時間は延び、質の高い治療を受けにくくなっている。

GMOAの広報、チャミル・ウィジェシンゲ氏によると、病院は危機以前からひどく疲弊していた。「われわれは大統領と政府に対し、罪のない市民の命に対して、より大きな責任を負うよう求めている。既存の医師をつなぎとめるためには緊急の対策と政策が必要だ」と指摘するが、「政府は昏睡状態だ」という。

<対策>

ウィクラマシンハ大統領は既に、スリランカ人医師を採用している国々に補償を求める考えを打ち出している。また、昨年8月に同大統領は政府に対し、世界保健機関(WHO)にこの問題を提起するよう要請した。

大統領はまた、医師を含む公務員の定年を65歳から60歳に引き下げる以前の命令を、人員不足解消のために昨年撤回。内閣は今年1月、医師に対する各種手当の倍増を決定した。

もっとも、この措置を他の医療従事者にも適用させようとする労働組合の働きかけは失敗に終わり、2月にはストライキに発展した。

スリランカでは医学生の学費が公費で賄われており、医療職を得るのに7年、専門医になるのには15年を要する。

医療の不足によって最も苦しんでいるのは低所得者層だ。民間病院の治療費を払う経済力はなく、値上がりする一方の医薬品も買えないからだ。

72歳のR.S.シバさんは、政府病院に専門医がいないため、民間病院で小腸閉塞の手術を受けるために貯金を取り崩さざるを得なかった。「このような緊急事態に備えて貯蓄していなかったら、私は今ごろ生きていなかっただろう」 と振り返る。

<教育にも打撃>

国外への頭脳流出は、病院の人手に直接影響するのはもちろん、教育にも打撃をもたらすだろう。

熟練した医療従事者の国外流出が増えれば、医学生の指導や訓練にも大穴が開く、と医療専門家は警告している。

コロンボ大学経済学部のシリマール・アベイラットネ学部長は、頭脳流出と、それが主に最貧困層を苦しめている状況について、即効性のある解決策はないと語る。

「一朝一夕の政策変更では、この問題を解決することはできない。スリランカでは出口のドアは開いているが、入り口は閉ざされている。この国の労働市場は外国の人材に開かれていない」という。

糖尿病検診を待っていたナラカさんは「私は食卓に食べ物を並べるか、インスリンを買うか、どちらか選ばなければならない。医師をこの国にとどめ、自国で私たちをケアしてくれるようにする解決策が必要だ」と訴えた。

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米韓制服組トップ、地域安保「複雑で不安定」 米長官

ワールド

マレーシア首相、1.42億ドルの磁石工場でレアアー

ワールド

インドネシア、9月輸出入が増加 ともに予想上回る

ワールド

インド製造業PMI、10月改定値は59.2に上昇 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 5
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中