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アングル:米で増加の「ウーバー型」看護師、高給でも監視の重圧

2023年12月17日(日)08時16分

 米国の医療・看護分野では、施設が深刻な人手不足に直面する中、配車サービス大手ウーバーのような単発・短時間のギグワーク向けアプリが増加している。写真は新型コロナ感染拡大中の2020年4月13日、ロサンゼルスのUCLAメディカルセンターで、個人防護具を求める医療従事者の抗議デモを見守る看護師ら(2023年 ロイター/Lucy Nicholson)

Avi Asher -Schapiro

[ロサンゼルス 13日 トムソン・ロイター財団] - 米オハイオ州周辺の介護施設で6年間にわたり看護師として働き、週に500―600ドル(約7万―8万5000円)の収入を得ていたセディさんは昨春、何か新しいことに挑戦すべきとの思いに至った。「もっとお金が必要だった。ぎりぎりの生活だったから」

セディさんは同僚の勧めで看護師派遣アプリ「クリップボード・ヘルス」をダウンロード。高齢者介護施設で短時間勤務のシフトに入り、それまでの2倍ほどの収入を得るようになった。

しかし間もなく、体調不良でシフトに入れなくなったところ、ペナルティーとしてアカウントを凍結され、アプリによるシフトの予約ができなくなった。

米国の医療・看護分野では、施設が深刻な人手不足に直面する中、配車サービス大手ウーバーのような単発・短時間のギグワーク向けアプリが増加している。クリップボードもその一つだ。

こうしたアプリを使う介護従事者は柔軟な働き方が可能になる。しかしトムソン・ロイター財団の取材に応じた複数の利用者は、アプリを運用するプラットフォームのルールやプログラムに「コントロールされている」と感じ、反発する余地はほとんどないと、心情を吐露した。

看護師の話によると、予約した施設についての説明はほとんどなく、現場に到着するとスタッフのほとんどは同じようなギグワーカーで、患者に適切なケアを提供するには不十分な態勢だった。

クリップボードの広報担当者はこのプラットフォームについて、医療・看護従事者が「自分のスケジュールに合った仕事を見つける」のを支援するものだと説明した。

<ギグワークアプリの拡大>

米国の介護施設で労働力不足が深刻化する中、看護分野におけるギグワークプラットフォームの人気は高まっている。

米国ヘルスケア協会(AHCA)によると、認定看護助手(CNA)は、極度の疲労と低賃金が重なり、人員が15年ぶりの低水準に落ち込んでおり、施設の80%余りが「中程度から深刻な」人手不足に陥っている。看護は医療業界で従事者の賃金水準が最も低い分野に入る。

そのため介護施設は臨時職員への依存を高めざるを得なくなっていると、コンサルタントのデブ・エマーソン氏は指摘する。クライアントのほとんどは、もっとスタッフを増やしたいと思っているが人手を確保できず、「派遣スタッフを利用するか、施設の稼働率を下げるか、二者択一を迫られている」という。

業界広報誌によると、クリップボードなどのアプリを含む医療・看護職アウトソーシングの市場規模は、2019年の188億ドルから23年には644億ドルへと、4年間で3倍以上の規模に成長。こうしたアプリのうち特に近年急拡大しているのが「クリップボード」と「シフトキー」だが、病院の看護師や在宅医療補助者のような他の医療・看護職用のアプリもある。

こうした新しいプラットフォームはウーバーのようなギグ・エコノミーモデルに似通っており、労働者はアプリやオンラインプラットフォームを通じて職とのマッチングが行われ、アルゴリズムや評価システムによって管理される。

新患が急に押し寄せたり、スタッフが休暇や病気で休んだりする施設にとって、このモデルは魅力的な選択肢となっている。

ピッツバーグ大学で高齢者施設向け人材派遣を研究しているニコラス・キャッスル教授は「クリックするだけで簡単だ」と話す。看護師は需要に応じたシフト組みを受け入れる代わりに、臨時的な仕事によって比較的高い時給を得るケースが多いという。

ブルックリンのある看護師は、アプリを通じてシフトを予約することが、育児とコミュニティーカレッジの授業を両立させながらお金を稼ぐ唯一の方法だと利点を強調した。

<落とし穴>

一方、トムソン・ロイター財団の取材に応じた看護師6人によると、時給は常勤勤務より高いことが多い半面、看護アプリを介した労働にはアカウント停止や厳しい監視などの「落とし穴」もあるという。

サディさんはクリップボードを通じて予約した最初のシフトのうち1回で、20人の入居者を1人で担当するはめになった。

トムソン・ロイター財団が確認した電子メールによると、サディさんは当初、この施設での再勤務を拒否したために勤務スコアを減点され、アカウント凍結の危機に見舞われたが、その後クリップボードに状況を説明し、ペナルティーは取り消された。しかしその数カ月後、今度は尿路感染症にかかり、予約を入れていた施設までの1時間の運転に耐えられなかったためシフトをキャンセル。その後、アカウントは1週間凍結された。

シフトキーに登録しているケンタッキー州の看護師は、信頼性スコアが85%以下に落ちた後、1年間アプリの利用が禁止された。この看護師は450回以上のシフトを組んでいたが、病気や家族の世話のために2年間で約50回のシフトをキャンセルしなければならなかった。

また別の複数の看護師によると、アプリで予約した施設に到着しても、カルテ作成ソフトにアクセスできなかった。ブルックリンのある看護師は「クリップボードは、どの患者が歩行困難で、誰が発作を起こしているかを教えてくれない」と不安を口にした。

調査ニュースサイトのザ・マークアップは10月、シフトキーを通じて契約した看護師は訓練が不十分な可能性があると報じた。

ヨーク大学でアルゴリズムによる管理とアプリによる職を研究しているヴァレリオ・デ・ステファノ教授は、配車や食品配達など他のギグ経済と同様に、アプリを使った看護労働が提供するのは「見せかけの自律性」だと指摘。アルゴリズムが労働者の居場所や働きぶりに関する指標を監視し、収益に影響する行動を罰するという。

クリップボードで働いていたオハイオ州の看護師は「彼らはあなたのGPSを使い、あなたがいつ施設にいるのかを把握している。私たちは監視されている」と話した。

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