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アングル:ガザ、希望のハイテク産業無残 人材・インフラ大打撃

2023年11月25日(土)12時13分

 11月23日、かつてパレスチナ自治区ガザから世界への窓だったインターネットが閉ざされ、ガザで芽生えつつあったハイテク産業は、今回の戦争によって若い才能の育成場から墓場へと暗転した。写真はイスラエルによる空爆を受けたガザ北部のジャバリア難民キャンプで捜索活動をする人々。14日撮影(2023年 ロイター/Anas al-Shareef)

Nazih Osseiran Avi Asher -Schapiro

[ベイルート/ロサンゼルス 23日 トムソン・ロイター財団] - かつてパレスチナ自治区ガザから世界への窓だったインターネットが閉ざされ、ガザで芽生えつつあったハイテク産業は、今回の戦争によって若い才能の育成場から墓場へと暗転した。

イスラエルからの砲撃でガザきっての俊才数人が命を落とし、発展しつつあったデジタルインフラは破壊され、より良い未来への希望は消えた。今恐れられているのは、ハイテクに精通した人材がこぞって域外に脱出することだ。

ガザのハイテク産業で働き、現在は同地域の企業に助言を行っているライアン・スターギル氏は「(ハイテクは)最も急成長している経済分野であり、ガザ市民の頼みの綱だった」と語る。

「インターネットが徹底的に破壊されたのは、今回が初めてだ。過去何年間にもわたる全ての戦争でも、ネットがダウンすることはなかった」という。

イスラム組織ハマスが10月7日にイスラエルへの奇襲攻撃を開始する前、若い秀才の集まるハイテク産業は多くのパレスチナ人にとって、投資、雇用、そして小さく孤立した祖国をはるかに越えた明るい未来を約束してくれるものだった。

だが、その希望は断たれた。

ハマスが統治するガザ政府によると、イスラエルによる爆撃で少なくとも1万3300人のパレスチナ人が死亡。技術革新の中心人物だったタリク・タベット氏も先月、アパートで家族15人とともに亡くなった。

タベット氏はUCASテクノロジー・インキュベーターでシニアマネージャーを務めていた。これは2010年に設立された技術革新拠点で、ガザで活躍する技術者の指導や新進起業家の支援を行っていた。

「彼はテック業界の柱だった」と語るのは、2021年にガザからヨルダンに移住した元同僚のダリア・シュラブ氏(41)だ。「何千人もの若者が、自分のアイデアをウェブサイトやモバイルアプリに変える手助けをした男が失われた」と話す。

スターギル氏も、タベット氏の死によってガザから真の人材が奪われたと嘆く。爆撃により、ガザの大学や貴重な人的資本とともに、重要なハイテクインフラが破壊されていると同氏は言う。「ガザから出ることが可能なら、一人残らず出て行くだろう。私が話をした人はみな、必死に脱出を試みている」と語った。

<経済成長の光明>

ガザのハイテク部門は急成長を遂げ、厳しい制限を課された経済下で一筋の光明だった。

失業率は高く、人口密度が高く、封鎖されたこの土地にチャンスは少なかった。

そうした中でも、Ibtikar(アラビア語でイノベーション)と呼ばれるベンチャー・キャピタリスト・ファンドがパレスチナの企業幹部らによって2016年に設立され、最近になって第2回目となる3000万ドルの資金調達を行ったばかりだった。

このファンドは子育てや瞑想、ゲーム、人工知能(AI)など、幅広い分野のスタートアップ企業29社に資金を提供している。

2021年の世界銀行の報告書によると、パレスチナのハイテク・通信産業の規模は5億ドルと、国内総生産の約3%を占めている。

こうした成長は、ネット接続が無ければ不可能だった。

シュラブ氏は「2006年末に(イスラエルによる)包囲が始まったため、ガザの人々にとって世界への窓はインターネットだけだった」と言う。

<包囲されるデジタルスキル>

世界銀行の報告書によると、イスラエルによる輸入制限により、ガザのネットワークは2Gに制限され「デジタルインフラ向上の主な制約要因」になっている。

ハイテク部門はガザを外界とつなぐだけでなく、若者たちがデジタルスキルを学んで仕事を見つけ、生活費を稼ぐ場を提供した、とシュラブ氏は言う。

世銀によると、ガザの失業率は2022年時点で約45%だ。

シュラブ氏は、グーグルの親会社であるアルファベットが一部支援するハイテクイニシアチブ、ガザ・スカイ・ギークス(GSG)で10年以上働いた後、2021年にガザを去った。

GSGのディレクター、アラン・エル・カディ氏は電子メールで、GSGが2011年の発足以来、5万人以上の人々を支援してきたと説明。天然資源が乏しく、厳しい制約を課されたガザにおいて「デジタル関連の仕事は、持続可能で包括的な経済成長に向けた数少ない現実的機会の1つだ」と話す。

しかし、現在はGSGのメインオフィスが深刻な被害を受けているという。「現時点では他の組織と同様、私たちも安全に活動することはできない」と訴えた。

<海外から追悼>

海外に暮らすパレスチナ人技術者もまた、故郷の仲間の死を悼んでいる。

イスラエルの空爆で家族もろとも死亡したGSGの卒業生、マイ・アベイド氏について、グーグルのソフトウェアエンジニアであるモハマド・カタミ氏は「彼女は私たちの仲間だった」と語っている。このコメントはアベイド氏の元同僚が書いた追悼文に引用されている。

カタミ氏は、グーグルがイスラエル政府・軍と結んでいる12億ドルの契約を解除するよう求める従業員グループ「No Tech for Apartheid(アパルトヘイトのための技術提供反対)」キャンペーンの活動メンバーであり、ガザでのイスラエル軍の空爆の犠牲者のための追悼集会開催に協力している。

「彼女の死は胸を刺した。私たちが取り組んでいる製品が、この暴力の一因になってほしくない」とカタミ氏は話した。

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