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アングル:エルサルのビットコイン「実験」、国内の格差映し出す

2021年10月02日(土)09時52分

 9月30日、エルサルバドルの首都・サンサルバドル。ベルティラ・ガルシアさん(65)は40年も前からこの街の一角に露店を構え、菓子を売ってきた。写真はサンサルバドルでブケレ大統領やビットコインの法定通貨化に反対するデモに参加する男性(2021年 ロイター/Jose Cabezas)

[サンサルバドル/ボゴタ(エルサルバドル) 30日 トムソン・ロイター財団] - エルサルバドルの首都・サンサルバドル。ベルティラ・ガルシアさん(65)は40年も前からこの街の一角に露店を構え、菓子を売ってきた。国は9月、暗号資産(仮想通貨)ビットコインを法定通貨にしたが、ガルシアさんは現金以外で代金を受け取ったことはないし、今後もそのつもりは一切ない。

エルサルバドルの動きは、世界初の画期的な政策対応だった。だが、多くの一般市民は自分の生活にどう降りかかってくるのか、理解しあぐねている。

「さっぱり分からない」と語るガルシアさん。9月7日に新法が施行されて以来、客からビットコインで支払いたいと言われたことはないという。

スマートフォンを持っていないガルシアさんは、政府が導入した電子財布「CHIVO(チボ)」をダウンロードすることが、そもそもできない。

先端技術に通じたブケレ大統領(40)は20日にツイートで、これまでに約640万人の国民の4分の1がチボを使い始めたことを明らかにした。

ブケレ氏は、ビットコインの法定通貨化によって国民は送金手数料を年間約4億ドル節約できると説明する。しかし、専門家はデータ保護やビットコイン相場の急変動などの点に懸念があると指摘。特に高齢者が、置き去りにされる恐れがあると分析している。

太平洋に面した海岸沿いの地域では、約3年前から観光客のほか、レストランやホテルの若いオーナーがビットコインを使っている。サーフィンの街、エル・ゾンテは「ビットコイン・ビーチ」として知られ、「ビットコイン受け付けます」のデジタル表示が見られる。

その他の地域でも、政府が設置したビットコイン自動支払い機の前に長い列ができている所がある。ただ、中には、チボに登録した人に給付される30ドル相当のビットコインを現金化するためだけに並ぶ人々もいるようだ。

<実験台>

ブケレ大統領は、ビットコインの採用によって米ドルへの依存が減り、銀行口座を持っていない人々も金融サービスにアクセスしやすくなって、経済の発展につながると訴えてきた。

だが、高齢者や農村部市民の間で、チボを普及させるのは難しいかもしれない。農村部は自動支払い機やインターネットアクセスが少ない上、現金文化が根付いている。

世界銀行によると、エルサルバドル国民の半分はインターネットにつながっていない。

最貧困層やスマホを持たない人々、デジタルに疎い人々が、ビットコインに飛びつくのも難しい。

ウォータールー大学(カナダ)のジャンポール・ラム准教授は、エルサルバドルのビットコイン法定通貨化を「他国が見守る小さな室内実験」になぞらえる。

ブケレ氏は、出稼ぎのために外国に住む国民からの送金手数料が節約できる利点も強調している。世銀によると、主に米国からのこうした送金は昨年、エルサルバドルの国内総生産(GDP)の25%余りに上った。

北東部モラサン県の農村部に住むイスラエル・マルケスさん(53)は、米国に住む兄弟や友人から年に数回、100ドルの送金があるが、ビットコインを試すのは気が進まない。

「チボをダウンロードして(給付金の)30ドルだけ使い、あとはチボをお払い箱にするという人々もいるが、自分はそれさえしたくない」という。

セントラル・アメリカン大学が今年8月に1281人を対象にした調査では、エルサルバドル国民の間でビットコインへの不信感が強いことが示された。10人中9人はビットコインを明確に理解していないと答え、8人は利用に際して「信用できない」、もしくは「ほとんど信用できない」とした。

9月15日には「ビットコインにノーを」の横断幕を掲げた街頭デモも実施され、自動支払機に火が点けられる騒ぎとなった。

<合点がいかない>

小規模なコーヒー農園を営むマルケスさんが、最も心配するのはビットコインの乱高下ぶりだ。「どうしてあんなに値上がりするのか。合点がいかない」──。

米国の汚職監視組織、グローバル・ファイナンシャル・インテグリティのジュリア・ヤンスラ氏は、先端技術に詳しいエルサルバドル国民でさえ「事実上、一夜にして」ビットコインが法定通貨に採用されたことには、疑念を抱いて当然だと言う。

拙速に採用したため、政府は規制の枠組みを整える時間がなく、チボに登録する際に個人が入力したデータを保護する仕組みも間に合わなかったはずだとヤンスラ氏は指摘。「この情報はどのように保管され、だれがアクセスすることができ、何に使われ得るのか」と疑問を呈した。

人々がどのくらいビットコインを日常使いするようになるかは、究極的にはビットコインの変動率が縮小するかどうか次第であり、エルサルバドル政府には手の打ちようがない、との指摘もある。

(Anna-Catherine Brigida記者、Anastasia Moloney記者)

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