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焦点:動揺する日本の医療現場、新型コロナとの長期戦に不安

2020年04月28日(火)17時03分

「もうCOVID専用ICUです」と、聖路加国際病院の感染管理室でマネージャーとして働く坂本史衣さん(写真)は説明する。4月21日、東京都中央区で撮影(2020年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

Ju-min Park 斎藤真理 山光瑛美

[東京 28日 ロイター] - 新型コロナウイルスの封じ込めが遅れる中で、日本の医療現場の歪みが表面化してきた。治療や看護に当たる医療従事者たちが物資や人手の不足で一段と厳しい状況に置かれる一方で、院内感染や経営リスクを理由に患者を拒まざるを得ない病院もあるなど、課題が山積している。

新型コロナとの長期戦をどう持続するのか。医師や看護スタッフらの使命感と自己犠牲に頼る現状に不安の声が広がりつつある。

<ICUは「コロナ患者専用」>

東京中央区にある聖路加国際病院では、集中医療室(ICU)にあるベッド8床のうち7床がCOVID−19(新型コロナウイルス感染症)の重症患者で常に埋まっている。すべてを使ってしまうと、急変した患者を入れることができないためだ。しかし、残る1床にも新型コロナ患者が救急搬送されてくる可能性は高い。

「もうCOVID専用ICUです」と、同病院の感染管理室でマネージャーとして働く坂本史衣さんは説明する。

日本国内の新型コロナの感染者は4月27日時点で1万3000人を超えた(横浜港のクルーズ船は除く)。聖路加国際病院は感染症指定医療機関となっており、最も重篤な患者が搬送される病院の一つだ。

<感染と資金の二重リスク>

しかし、感染の急拡大にもかかわらず、患者の受け入れが困難な病院も少なくない。感染症の治療に対応していない医療機関が新型コロナ患者を受け入れるには、専門的な医療人材の確保、院内感染対策の整備、通常行っている医療サービスの縮小や停止などが必要となり、経営的なリスクになりかねないからだ。

西日本のある大型病院のICUで働く医師は、匿名を条件に、民間病院は現時点では新型コロナの重症患者の受け入れを拒否することが可能で、実際に拒否している病院もある、と指摘。「今は民間どころか国立だって拒否している」と付け加えた。

多くの病院は、緊急対応ではなく、通常の手術や短期の入院で収入の多くを得ており、そうしたサービスを中止する余裕はないという。

院内感染のリスクも障害の一つだ。ロイターが国内の報道、医療機関の公開情報のほか、特定非営利活動法人(NPO)の医療ガバナンス研究所の調査内容を分析したところ、医療・介護施設で新型コロナに感染、あるいは勤務中や滞在中の検査で陽性反応が出た患者や医療関係者は1500人近くに達している。

日本集中治療医学会は、新型コロナによる重症呼吸不全により、ECMO(人口心肺装置)を使用している患者が4月12日時点で2週間で約2倍になったと発表している。

しかし、同医学会によると、日本の10万人当たりのICU病床数はドイツやイタリアなどを下回る。他の病床などを重症患者向けに転用することは可能だが、そうした治療に対応するスタッフを直ちに強化する必要があるという。

<受け入れ不備が生む問題>

患者受け入れ体制の不備が原因となった問題も相次いでいる。ICUで働く上記の医師が説明した一つのケースでは、80代の新型コロナ患者が地元の病院での受け入れを繰り返し拒否され、350キロ以上離れた東京の病院に移送された。この男性患者には東京の病院でECMOや救命措置をとったがその後、自宅に戻ることはなく、東京で死亡したという。

「現場で受け入れ可能と判断しても、上に報告すると病院長から拒否されるケースもある」。同医師は病院側の複雑な内情に触れるとともに、新型コロナ感染症の患者を受け入れている病院の大半は赤字覚悟で治療に当たっていると述べた。

東京都によると、都内では3月に救急搬送された患者のうち、5つ以上の病院で受け入れを拒否されたり、20分以上受け入れ先が見つからなかったケースが931件と、昨年同月より約3割増えた。

<医療機関への支援拡大が必要>

医療関係者の懸念に対応して、厚生労働省は補正予算で医療機関への1490億円の交付金を創設、医師や看護師の派遣などにかかる費用も支援する。

同省は、新型コロナの重症患者をICUで受け入れた医療機関に対する診療報酬を2倍に引き上げる措置を発表しており、こうした対策が医療機関の支援に大きく寄与するとしている。

愛知県の大村秀章知事はロイターのインタビューで、国による医療機関の支援がさらに必要だと主張。同知事は今月、新型コロナ感染患者を受け入れた県内の医療機関に対し、最初の患者が出た1月に遡り、1人につき100万円ー400万円を交付する計画を発表している。[nL3N2CC0RA]

欧米や中国などと違い、日本には感染拡大防止のための厳格なロックダウン(都市封鎖)を強制したり、隔離方針に従わない企業や個人を罰する法的権限が当局にはない。政府は今月半ば、緊急事態宣言の対象を7都府県から全国に拡大したが、それでも大半の病院に患者受け入れを強制することはできない。

東京都新型コロナ感染症対策本部の担当者は、「われわれには(病院に患者受け入れを)強制する法的手段がないが、もしあったとしても、感染症対策ができていない病院に受け入れを要請すべきだとは思わない」と語った。

<防護具の不足>

一方、海外各国と同様に、日本でも防護服や医療用品の不足は深刻だ。一部の医師や専門家からは、政府や地方自治体による病院への資金支援や医療関係者への防護器具の提供が十分になされていないとの指摘がある。

厚労省は月1億枚強のサージカルマスクの需要があるとしているが、日本医師会は、月4億─5億枚を使っているとしている。

調達責任者を務める同省医政局経済課の千田崇史さんは、具体的な数字は提供できないとした上で、N95マスクは「サージカルマスクに比べてより足りていないという状況は聞こえてくる。これから政府として調達して配布していく」と話した。

医療用ガウン(防護服)の供給も現場の需要に追いついておらず、「月300万枚くらいは需給ギャップがある。その部分について、マスクと同じように緊急輸入、国内増産、雨ガッパなど代替品の活用でカバーしていく」(千田さん)方針だという。

急増する患者への医療対応が臨界点に達しつつある中、治療の最前線を支えているのは医師や看護師らの強い使命感だ。

聖路加国際病院の坂本さんは、医療現場のスタッフは長期戦に身構えているという。しかし、「病院が医療スタッフの犠牲や善意に依存して生き残ることはできない」と、長期戦への備えに懸念を示した。

(取材協力:Antoni Slodkowski, Rocky Swift, 宮崎亜巳; 編集:北松克朗)

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