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アングル:イランの対米軍攻撃、人命救った謎の「事前警告」

2020年01月18日(土)08時19分

 1月8日未明、イランが発射したミサイルがイラクのアル・アサド空軍基地に駐留する米軍を襲った。写真は13日に撮影された、攻撃された基地(2020年 ロイター/John Davison)

Kamal Ayash and John Davison

[アル・アサド空軍基地(イラク) 13日 ロイター] - 1月8日未明、イランが発射したミサイルがイラクのアル・アサド空軍基地に駐留する米軍を襲った。だが、その8時間近く前、同基地の米軍・イラク軍兵士らは、人員や兵器を掩蔽壕(えんたいごう)へと移動させており、ミサイル攻撃による死者・負傷者はゼロだった。

イラク諜報機関の関係者によると、同日午前1時30分頃に着弾したミサイルは「その数時間前に空っぽになった格納庫」に命中しただけだった。米軍部隊は「深夜以降」に基地が攻撃を受けることを「完全に認識していた」ように見えたという。同基地に駐留するイラク軍将校の1人によると、攻撃のあった深夜には、戦闘機・ヘリコプターは1機たりとも屋外には残されていなかった。

イランによる攻撃の情報はなぜ事前に筒抜けだったのか。攻撃から数日を経ても、イラン、イラク、米国の当局者からの声明は互いに矛盾しており、攻撃の情報がどのようにリークされたのか、理由は依然として謎のままだ。

<ポンペオ国務長官らは情報を否定>

複数の米国メディアは、米国当局者の発言として、イランのミサイル攻撃は単なる警告射撃程度の規模だったと報道。その理由として、1月3日のソレイマニ司令官殺害をめぐり、イランが対米報復を求める国内世論に応える一方、米国側をできるだけ挑発しないよう配慮した措置だったとの見方を伝えた。

米国・アラブ諸国からの情報として、イランが攻撃前にイラクに警告を送り、イラクが米国側にその情報を流した、とのメディア報道もある。

だが、マイク・ポンペオ米国務長官は10日、記者団に対し、イランが米国民を殺害しようという「十分な意図」を持っていたことに「疑いはない」と述べた。これに先立ち、マーク・ミリー統合参謀本部議長も、米軍部隊が犠牲を避けられたのは米国情報機関による事前の警告によるもので、イラン政府からの警告や情報リークではない、とコメントしている。

イランが米軍をさらに攻撃するのか、あるいは全面戦争に踏み切る意志が本当にあるのかという判断も、いっそう難しくなっている。イラン当局者からも矛盾する声明が続いていおり、それが不確実性に拍車をかけている。

イラン国営テレビは今回の攻撃によって数十人の米兵が死亡したと虚偽の情報を流した。そうかと思えば、最高指導者ハメネイ師は「(まだ懲罰としては)十分でない」と宣言。その後まもなく、ザリフ外相は、イランによる報復は「終了した」、イランは「エスカレーションや戦争を求めていない」とツイートしている。

その後、イラン国営メディアは革命防衛隊空軍を率いるアミールアリ・ハジザデ司令官による発言として、「(米兵の)殺害を意図したわけではない。敵国の軍事機器に打撃を与えようとした」という説明を伝えた。だが、その一方でハジザデ司令官は、今回の攻撃で米兵を殺害したという虚偽の主張を繰り返している。

イラクのアデル・アブドゥル・マフディ首相の補佐官の1人はロイターに対し、ミサイル攻撃の直前までイランからイラクに対する直接の通告はなかったと語り、他国を通じて警告を伝えてきたと述べた。この補佐官は、国名を明かすことは拒みつつも、アラブ諸国の1国と欧州の1国から、攻撃が迫っているとの警告がイラク・米国双方にあったという。

<事前情報なしには犠牲者防げず>

では一体、事前の警告を流したのは誰なのか。

「もちろん、イランだ」とこの補佐官は言う。「イランは、攻撃が実施される前に米国・イラク双方が気づくことを強く求めていた」。ロイターでは、この補佐官の証言の裏付けをとることができなかった。

これについて、イラン外務省はコメントを拒否しており、ニューヨークのイラン国連代表部にもコメントを求めたが回答は得られなかった。イラク首相府、イラク軍報道官もコメントの要請に応じていない。米連邦政府もコメントを拒否した。

イラク軍の発表によれば、イランは、米軍も駐留するアル・アサド基地とイラン北部のクルド人都市アルビールに近い別の基地を狙って、少なくとも22発のミサイルを発射した。人命を救うための準備には事前の警告が不可欠だったことが分かっている。

<ミサイル着弾、現場大きな損害>

13日、イラク西部のアンバール砂漠に広がるアル・アサド基地では、米空軍・陸軍のチームが、飛行場や周囲の掩蔽壕の周囲に山積する金属やコンクリートの残骸を、ブルドーザーとピックアップトラックを使って片付けていた。

巡航ミサイル1発が、コンクリート製の重い耐爆壁を10カ所以上崩壊させ、米兵の居住棟として使われていた輸送用コンテナを全焼させた。もう1発は、通常「ブラックホーク」攻撃ヘリを収容している格納庫2棟を破壊し、近くの事務所を吹き飛ばし、備蓄された燃料は何時間も燃え続けた、と米兵らは語る。

「この駐機場に着弾したとき、自分は爆発地点から60メートル離れた場所にいた」と米空軍のトミー・コールドウェル3等軍曹は言う。「ロケット弾ではなく、ミサイルが実際に着弾したのはこれが初めてだ。損害は(ロケット弾の場合に比べ)かなり大きい」。

<「十分に備えはできていた」>

基地の将校によれば、ミサイルが着弾した日の深夜までには、この基地が攻撃を受けることは明らかになっていたという。ほとんどの人員は掩蔽壕に移動し、航空機も駐機場や修理拠点から待避したという。

「ミサイル攻撃があるだろう、恐らくアル・アサド基地が標的になる、という情報を受け取っていた」と米陸軍のアンティオネット・チェイス中佐は言う。「十分に備えはできていた。10日前には、同様の攻撃に対する訓練を行っていた」

だが有志連合軍の部隊は、今回の攻撃が彼らに命中しなかったのは、イランの自制心の表れだと話している。米空軍将校の1人が言うように、「連日24時間体制で航空機のメンテナンスを行っている空軍基地にミサイルを撃ち込めば、恐らく人命を奪うことになる」のである。

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
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