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アングル:屋台もキャッシュレス、東南アで過熱 モバイル決済競争

2019年10月20日(日)05時55分

 写真はグラブの電子決済のロゴ。ホーチミンシティで10月15日撮影(2019年 ロイター/Yen Duong)

Phuong Nguyen Alun John Anshuman Daga

[ホーチミンシティ/香港/シンガポール 17日 ロイター] - ホーチミンシティの金融街のすぐ脇に立ち並ぶ20数軒の屋台には、キャッシュレス決済可能をアピールするカラフルな幟(のぼり)が飾られている。決済システムを支えるのは、プライベート・エクイティ会社のウォーバーグ・ピンカス、配車サービスのグラブ、シンガポールの政府系ファンドGICなどだ。

屋台ではカニのスープからベトナム風サンドイッチのバインミーなど、ありとあらゆるものが売られているが、支払いにはベトナム国内28種類のキャッシュレス決済(eウォレット)のほとんどが使える。eウォレットを使えば、携帯電話経由での送金も可能だ。

eウォレット各社は、2027年までにキャッシュレス経済を実現するというベトナムの計画を追い風にしたいと考えており、黒字転換に向けて多くのユーザーを獲得しようと激しく競い合っている。

ベトナムは、東南アジアでeウォレット各社が繰り広げている激しい市場シェア争いのホットスポットのひとつだ。しかし、全ての事業者が生き残るわけではない。コンサルティング会社オリバーワイマンによれば、東南アジア地域のモバイル決済セクターは競争過剰で、すでに縮小を始めており、市場で支持される一般向けeウォレットは1国あたり2種類にとどまると予想されている。

<肝心なのは資金力>

オリバーワイマンでアジア太平洋地域のリテール/企業向け銀行ビジネス部門を率いるダンカン・ウッズ氏は、「eウォレット事業は、顧客を獲得・維持し、日常生活のなかでサービスを利用してもらうために巨額の投資をしている」と語る。

「これだけ多くのサービスが乱立している場合、肝心なのは、資金力に最も余裕があるのはどこかという点だ」

東南アジアにおいてeウォレット事業のライセンスを保持している企業は、少なくとも150社。グラブやゴジェク、テンセント・ホールディングス、アント・フィナンシャル、シンガポール・テレコム、エアアジア、その他多数のフィンテック企業が覇を競っている。

資金力豊富な企業は多い。グラブでは、決済サービスを重点分野としつつ、ベトナム事業に5億ドルを投じる計画だ。ソフトバンク傘下のビジョンファンドとGICは7月、eウォレット「VNペイ」の親会社に3億ドルを投資した。また「モモ」は1月にウォーバーグ・ピンカスから1億ドルを調達している。いずれもディールストリートアジアの報道による。

各社がモバイル決済市場における支配的な地位の確保を急ぐなかで、事業規模を拡大するために資金を使う企業もあれば、既存事業を買収する企業もある。野村総研では、市場規模は2025年には現在の7倍、1090億ドルに膨らむと推測している。

<戸惑う屋台のオーナーも>

複数の情報提供者によれば、ソフトバンクの支援を受けるグラブは、インドネシアにおける傘下のデジタル決済企業OVOと、アント・フィナンシャルの支援を受けるダナとの合併に向けた交渉を進めている。OVO、ダナ両社は、インドネシアにおけるeウォレット上位5社に入っており、規模と競争力を高めてライバルのゴジェクより優位に立つのが合併の狙いだ。

ベトナムでは6月、eウォレット「ヴィモ」が決済処理企業エムポスと合併のうえ、「ネクストペイ」という新ブランドを立ち上げ、野心的な成長プランを掲げて3000万ドルの資金調達を開始した。

ネクストペイのングイェン・フー・チュアットCEOは、「ベトナム全土に展開し、対応可能店舗数を現在の6万店から30万店に拡大、50%の市場シェアを獲得する」と述べつつ、顧客に支払い慣行を変えさせることが課題になると指摘した。

ベトナム政府も消費者の支払い慣行の変更を促す努力を進めているが、ホーチミンシティの屋台オーナーは、その難しさを認める。

屋台オーナーらによれば、国内企業モカとグラブの提携による事業も含め、eウォレットサービスのなかには、ウォレット利用による支払いに対して最大30%までの割引を提供する例もあるという。

ロイターの記者が立ち寄った麺類の屋台では、フォンさんという店主が、「キャッシュレス化をめざす政府のプランには従いたいと思っているが、個人的にはあまり好きではない。だから『午前中は現金、午後はカード』というシステムにしている」と語る。

<さまざまな戦略>

キャッシュレス化に向けた転換点が近づくなかで、ユーザーを集めておくことは至上命題になっている。

フィンテック企業FISでアジア太平洋地域担当ジェネラルマネジャーを務めるフィル・ポンフォード氏は、「商品の成熟が進み、消費者が最高のサービスを提供する企業へと乗り換えていくなかで、地域・国内レベルでeウォレットサービスの統合が進んでいく可能性は非常に高い」と話す。

「1つ可能性の高いシナリオとしては、グローバル規模及び/または域内の大手統合アプリの1つが、東南アジア全体のサービスを統合してしまうという形だ」

配車アプリからスタートして統合アプリに事業を拡大したグラブやゴジェクなど、東南アジア地域における最大手のeウォレット事業者は、主要な決済手段になることによって消費者を自社のネットワークに囲い込み、もっと高収益のサービスを提供できるようになると期待している。中国でアリババやテンセントが開拓してきたビジネスモデルだ。

グラブのミン・マー社長はロイターの取材に対し、「我々の決済ビジネスがこれだけ成功している理由の1つは、オフラインであれオンラインであれ、あるいはオンデマンドであれ、最大規模の店舗ネットワークを構築するという非常に意欲的な戦略を持っていたからだ」と語った。

既存のビジネスへの付加的なサービスとしてeウォレットを活用することをめざす企業もある。エアアジアのeウォレット「ビッグペイ」には、エアアジアを利用する際の条件が有利になる特典があり、やはり主要な決済手段になることが期待されている。

テンセント、アリババ及びその系列企業は、主として東南アジアで自社のウォレットを利用する中国人旅行者をターゲットとしているものの、同地域内のほぼ全ての市場において地元のeウォレット事業にも投資している。

グラブは、東南アジアでは、主要6カ国において電子マネー決済を行うライセンスを保有しているのは同社だけであり、域内では最も広い範囲にアプローチできる立場にあると述べている。

<疑問符が付くビジネスモデルも>

だが一部の識者のあいだには、懐疑的な見方も依然として残っている。

ベンチャーキャピタル企業セントのパートナー、ドミトリー・レビット氏は、多くのeウォレット事業のビジネスモデルを、1)多くの顧客を獲得し、そのデータを握っている、2)成功の可能性は疑問、3)非常に高い利益率を実現している──という3つに分類する。セントは複数の決済処理企業に投資しているが、eウォレット事業からは距離を置いている。

ゴジェクの決済プラットホーム「ゴーペイ」のアルディ・ハリオプラトモCEOは、他のeウォレットや既存企業との競争については心配していない、と話す。

「ドライバーを銀行に結びつける決済事業者になることで、十分な利益率を確保できている。競合他社や銀行からの脅威にばかり気を取られていると、パイの大きさには限りがあるような気がしてくる」とハリオプラトモ氏は言う。そして同氏は「実際には、インドネシアではパイは大きくなっている」と付け加えた。

(翻訳:エァクレーレン)

※写真を追加しました。

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