ニュース速報

ワールド

アングル:南北統一の夢支える朝鮮「壇君神話」とは何か

2018年10月30日(火)18時17分

 10月21日、分断された朝鮮半島において、南北統一の夢を絶やさないために、静かだが粘り強い役割を果たしているのが伝説上、4350年以上前に古朝鮮を建国したとされる「壇君」の神話だ。写真は7日、韓国国立中央博物館に展示された古朝鮮の工芸品と説明された品々を眺める人々(2018年 ロイター/Josh Smith)V

Josh Smith and Jeongmin Kim

[ソウル 21日 ロイター] - それはまるで米人気映画シリーズ「インディ・ジョーンズ」の世界だ。神秘的な王様たち、古代の墓所、偉大な大義のために伝説の力を制御しようと奮闘する政府支援を得た考古学者たち──。

分断された朝鮮半島において、南北統一の夢を絶やさないために、静かだが粘り強い役割を果たしているのが伝説上、4350年以上前に古朝鮮を建国したとされる「壇君」の神話だ。

壇君神話は、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が9月、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領を誘って北朝鮮の白頭山に登頂したときにも登場した。白頭山は壇君の生誕地とされているためだ。

文大統領が平壌で、朝鮮再統一を訴える前例のない演説を行ったときにも、この伝説について言及した。

「われわれは5000年の間、共に暮らしてきた。それに比べ、分断はわずか70年だ」と文大統領は訴えた。大統領の両親は、現在北朝鮮に属している地の出身だ。

第2次世界大戦が終結した余波を受けて、約70年前に朝鮮半島が分断されて以来、南北間の溝が広がる中で、韓国国民の多くにとって「南北統一」という考えは、ますます非現実的なものとなっている。

しかし、南北統一を説く上で「壇君神話」は息の長い役割を果たしている。壇君伝説が朝鮮民族を、共に生きることを運命づけられた同質の集団として描いているからだ、とソウルにある韓国学中央研究院のJeong Young-Hun教授は指摘する。

「壇君は、朝鮮人が調和と統一の必要性を感じる基盤となっている。壇君は、統一は可能だと考える根拠となっているのだ」と同教授。

壇君という栄光の王が実在した、あるいは彼が築いたとされる数千年に及ぶ王国「古朝鮮」が存在したという証拠はほとんどない。

それでもなお、北朝鮮は壇君の墓所を発見したと主張し、韓国は、中国王朝に抵抗したこともあるとされる壇君の朝鮮統一を称賛する。

「南北朝鮮のどちらにおいても、(壇君神話は)朝鮮民族の独自性、唯一性、同質性、歴史の古さを強調するために利用されてきた」と、米ジェームス・マディソン大学で朝鮮史を専門とするマイケル・セス教授は言う。「実在の人物かどうかに関わらず、南北双方において、檀君は朝鮮民族の統一と独自性を強調するために使われている」

<北朝鮮にある「遺骨」>

壇君が実在の人物だった可能性はゼロに近い、と研究者は語る。朝鮮の伝説によれば、壇君は、人間に深い関心を持っていた神と、人間の女性になりたいと願ったクマとのあいだに生まれたという。

「壇君は神話だ」と嶺南大学の考古学者Lee Chung Kyu氏は言う。

北朝鮮の建国者たちは当初、自らの表面的な社会主義イデオロギーと整合しない壇君伝説を迷信だと軽蔑していた。だがその後、同国の当局者は、あらゆる手を尽くしてこの神話を利用し、同国を支配する金一族は壇君伝説を継ぐ者であるという考えを確立しようとしている。

北朝鮮の公式説明によれば、白頭山は「革命の聖地」であり、金正恩氏の父である故金正日氏は、この山中で生まれた、と主張する。歴史家の多くは、金正日氏の実際の生地は旧ソ連内だったと考えている。

1990年代半ばには、北朝鮮当局が平壌郊外において壇君とその妻の墓所を発見したと発表。そこに白亜のピラミッド型陵墓を「再建」し、脇には荒削りな石碑と、古代の王族や咆吼する獣の像が置かれた。

当時の北朝鮮指導者、故金日成氏は、陵墓の建設は「朝鮮が5000年に及ぶ歴史を有しており、朝鮮民族はその誕生以来、同じ血を引く同質の民族である」ことを示すためだと語ったという。北朝鮮の国営メディア記事が2015年、そう報じている。

北朝鮮を訪れた観光客は、1人100ユーロ(約1万3000円)払えば、壇君とその妻の遺骨と称されるものを収めたガラス箱の中をのぞき見ることができる。

西側の旅行ガイドによれば、高い拝観料と面白くない体験との評判により、料金を払って遺骨を見ようとする訪問者はほとんどいない。

前回、一時的に南北関係が雪解けに向かった2007年には、韓国国防相をリーダーとする使節団が、壇君の「陵墓」を訪れ、北朝鮮政府も韓国人観光客が白頭山を訪問することを許可した。

<運命共同体>

壇君とは異なり、彼が建国したとされる王国「古朝鮮」については、もう少し証拠がある。

ソウルの韓国国立中央博物館には、青銅の短剣や陶磁器など、古朝鮮時代のものとされる遺物が展示され、「歴史上、朝鮮半島に誕生した最初の国家」だったと説明されている。

館内表示によれば、古朝鮮は紀元前2333年から紀元前108年まで続き、中国の主要王朝と「互角に渡り合えるほどの勢力があった」と書かれている。

とはいえ、細部については、その真偽を問われており、政治的な意図によって歪められていることが多い、と歴史学者は主張する。

嶺南大学のLee教授は「古朝鮮の初期は国家として認識できず、特に同質民族による国民国家ではない」と語る。この時期はむしろ、氏族・部族社会の特徴が強かった可能性が高く、統一された王国の形成は、そのかなり後になってからだ、と同教授は主張する。

壇君神話が韓国人のあいだで特に人気を集めたのは、日本による植民地支配が行われてた1910─1945年で、自国で発生した宗教運動として実を結び、現在に至っている。

壇君神話は、時として悪用され「排外主義や極端なナショナリズム」につながっている、とLee教授は指摘する。

とはいえ、壇君人気は南北の朝鮮で高まっている。

3日の韓国建国記念日には、ソウルの聖廟に数百人の韓国人が集まり、供物を捧げ、ひげを生やした壇君を模した仮面を着用して、平和な統一朝鮮を求める集会を開いた。

北朝鮮でも同日、統一担当の高官が壇君陵を訪れ、「壇君のための先祖供養」を行い、統一朝鮮を願った。

韓国学中央研究院のJeong教授は、南北朝鮮が相互の差異を乗り越えようとする中で、壇君と古朝鮮という統一を象徴するテーマは「必要不可欠」なものだと説明する。

「統一を正当化する最も重要な根拠は、われわれは共通の運命で結びついた同質の集団であるという理念の中に見いだすことができる。それは、歴史を通じて一体として生きてきた、そして将来もそうあるべきだ、という考え方だ」と同教授は述べた。

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2018 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハマス、新たに人質1人の遺体を引き渡し 攻撃続き停

ワールド

トランプ氏、米国に違法薬物密輸なら「攻撃対象」 コ

ビジネス

米経済、来年は「低インフレ下で成長」=ベセント財務

ビジネス

トランプ氏、次期FRB議長にハセット氏指名の可能性
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 3
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止まらない
  • 4
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 5
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 6
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 7
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 8
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 9
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 10
    【香港高層ビル火災】脱出は至難の技、避難経路を階…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中