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マクロスコープ:大企業に眠る「現預金」80兆円、国がメス 賃上げ後押しか

2025年11月06日(木)12時46分

写真は2021年8月19日、都内で撮影。REUTERS/Athit Perawongmetha

Yusuke Ogawa

[東京 6日 ロイター] - 日本企業の「現預金ため込み(キャッシュ・ホーディング)」問題への関心がにわかに高まっている。大企業の現預金残高は2024年度末に約80兆円と20年前と比べて約2倍に増えた一方、成長投資に十分に資金が行き届いていないとの指摘が根強く、金融庁は資金活用の説明責任を企業に求める方向で議論を開始した。

高市早苗首相も著書などで同問題に注目しており、企業への働きかけを通じて人的投資に資金がより多く回るようになれば、持続的な賃上げの実現につながる可能性がある。

「日本企業は海外企業と比べて現預金を多く保有する傾向がある」。大和総研の神尾篤史・主任研究員はこう指摘する。デフレが長年続いた日本では、現金の実質的価値が目減りしないため、経営者が急いで投資を実行するインセンティブ(動機付け)が働きづらい。

財務省の法人企業統計調査によると、07年度に30兆円超だった大企業(金融保険業除く全産業、資本金10億円以上)が保有する現預金は、14年度に50兆円を突破。20年度以降は80兆円前後で推移する。

日本では、バブル崩壊後の「貸し渋り」で資金繰りに苦しんだ企業が多いことからも、万が一に備えた保守的な財務戦略が元々根付いている。そうした傾向は金融市場が機能不全に陥ったリーマン・ショックを境に拍車がかかり、最近では「新型コロナウイルス流行に伴う不確実性の高まりから、現預金を積み増す動きが一段と広がった」(神尾氏)。今や日本企業の総資産に占める現預金比率は、欧米企業の約2倍に達している。

ただ、日本の経営者にキャッシュリッチの自覚はあまりないようだ。生命保険協会が昨年実施したアンケートによると、約7割の国内上場企業は自社の手元資金について「適正水準」と答えた。たしかに危機を想定した貯えは一定程度必要とはいえ、現預金を過剰に保有すると、総資産利益率(ROA)や総資産回転率の低下など、経営効率の悪化につながりやすい。成長投資に充てないのならば株主還元に力を入れてほしいと考える投資家も多く、アンケートでは、機関投資家の8割が手元資金は適正を上回る「余裕のある水準」に映ると回答している。

こうした中、金融庁は先月下旬、上場企業の行動原則を示した「コーポレートガバナンス・コード」改訂に向けた有識者会議を開催。人的資本や設備投資・研究開発への投資を促すために、現預金を有効活用できているか検証を求めていく方向性を打ち出した。とりわけ今回の改訂では、人的投資が大きな焦点の一つとなる。

近年、日本企業の稼ぐ力は大きく改善している反面、総人件費の伸びは小幅にとどまっており、金融庁は従業員の給与・報酬に関する方針や、平均給与額の前年比増減率の開示を求めることも検討する。

<昨年の総裁選で言及、現預金への課税案も>

高市首相も、企業内に貯まった現預金の活用に強い関心を寄せる。昨年の自民党総裁選時には、ガバナンス・コードを改定し、内部留保の使途を明示させるべきと主張した。21年に出版した著書では、賃上げに向けて企業の現預金に課税する案を提言。「昇給を計画している企業については、現預金課税を免除する方法もある」と記した。

物価上昇を差し引いた実質賃金上昇率のマイナスが続き、国民の経済的不満が募る中、高市政権がキャッシュリッチ企業への働きかけを今後強める展開も考えられる。

連合は先月、26年の春季労使交渉(春闘)の目標賃上げ率を前年と同じ「5%以上」にすると発表したが、米関税などに伴う景気の不透明感が漂う中、実現を懸念する声も出ている。ただ、大企業だけでなく「コロナ禍後は、中堅・中小企業の現預金保有規模が増加し続けている」(日本政策投資銀行)といい、キャッシュ・ホーディング問題を巡る議論が熱を帯びれば、国内企業全体の賃上げ余力の拡大につながる可能性もありそうだ。

(小川悠介 編集:橋本浩)

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