ニュース速報
ビジネス
焦点:鴻海iPhone工場混乱の舞台裏、不信と誤解とゼロコロナ
写真は23日、鴻海の鄭州工場前で治安責任者らと衝突する労働者。ロイターが入手したビデオより(2022年 ロイター)
[上海/台北 29日 ロイター] - 中国のホウさん(24)は先月、村の幹部らから河南省鄭州市にある台湾・鴻海精密工業の「iPhone(アイフォーン)」工場で少なくとも通常の2倍の給与で働かないかと持ちかけられた時、危ない話だとは気付いていた。
その前の数週間、工場からは数万人の従業員が逃げ出し、新型コロナウイルス感染防止のための工場封鎖と補給金を巡る混乱に抗議して暴動が起こっていたからだ。だがホウさんはその話に乗った。
鴻海精密工業はアップルのiPhoneの最大メーカーで、世界生産の70%を占めている。
今回の危機により、鄭州工場の11月の生産は少なくとも30%落ち込む恐れがあると、鴻海筋は24日、ロイターに語った。
工場は中国の厳しい「ゼロコロナ」政策に苦しみ、重要な年末需要にも直面し、人員採用のために補給金と高い給与を提示していた。
ホウさんの場合、4カ月弱の労働に対して最大3万元(約58万円)を提示された。鴻海の従業員が通常、4カ月働いて支払われるのは1万2000―1万6000元だ。
ただホウさんは、10日間の隔離には同意していなかったし、採用補給金を受け取るには1カ月余計に働かなければならないと告げられたのも突然だった。
こうした事への怒りからホウさんらは工場の経営陣と対立するようになり、世界的に見出しを飾ることになった散発的な衝突へと発展したと、ホウさんと同僚2人はロイターに語った。鄭州工場は従業員が20万人を超え、実質的な「市」を形成している。
マスクを着けた従業員らは、白い防護服を着てプラスチックの盾を持った治安責任者らと衝突。一部は監視カメラや窓を棒で叩き割った。中国でこれほど大規模な労働紛争が起こるのは珍しい。
今回の騒動は、従業員と外部を遮断する「バブル方式」の下で生産を維持することの難しさに加え、鴻海が抱える意思疎通の問題と、経営陣に対する従業員の不信感をあらわにした。バブル方式はゼロコロナ政策によって義務付けられている。
鴻海は24日、退職に合意した各従業員に1万元を支払い、ホウさんはそれを受け取って故郷に帰った。「彼らの言ったことは全てでたらめだった」と憤る。
<人生にはもっと価値が>
他の従業員5人によると、鴻海は新型コロナの陽性が判明した従業員について、感染の事実を公開しないままに空き家に移動させ始めるとともに、従業員に社員食堂ではなく寮で食事するよう通告したが、感染者を他の従業員から隔離することに失敗した。この5人はそれで心配になったという。
鴻海はホウさんを含む従業員の証言についてコメントを控え、過去の声明を参照するようロイターに告げた。
これに先立ち同社は、採用時の支払いに関する「技術的なミス」について従業員に謝罪している。
工場から脱出する従業員の姿が外部に漏れ始めた10月末、同社は状況を制御しており、生産増加のために他の工場と協力していると説明していた。
KGI証券のアナリスト、クリスティン・ワン氏は、問題が12月いっぱい続くようならiPhoneの生産台数は約1000万台落ち込み、第4・四半期の出荷は12%減ると推計している。
鴻海の幹部らは、アップルにとって最も重要な年末商戦に向けて出荷を加速させる必要がある一方、地元政府の厳しい新型コロナ規制に従わねばならず、難しい立場だと訴える。
ある上級幹部は、10月の鄭州工場における感染拡大に不意を突かれ、「大混乱」が発生したと述懐する。「地元政府を含め、だれもがプレッシャーを感じた」と述べ、地元当局者らも代わりの従業員の採用に奔走したと説明した。
この幹部は、鄭州工場で起きた事は、ゼロコロナ政策下に置かれた企業の「縮図」だと指摘。「中国からの生産ライン流出を加速させるだろう」と警鐘を鳴らした。
シドニー工科大学・オーストラリア・中国関係研究所のマリナ・ジャン准教授は、国のゼロコロナ政策を守りながら中国での生産を維持しようとする企業にとって、鴻海の騒動はメッセージになったと言う。
「企業内部のコミュニケーションよりも、ソーシャルメディアの方が圧倒的に強力だ。ソーシャルメディアの前に企業の通告は力を失う。だれも耳を貸そうとはしない」とシャン氏は続けた。
鄭州工場の従業員、フェイさんは、新型コロナに感染するのが怖く、あと2カ月間の勤務を全うして補給金を受け取るべきかどうか悩んだ。だが結局、緑色の鉄柵の穴をくぐって工場から脱出したという。
「最終的には、私の人生はもっと価値が高いはずだと心を決めた」
(Yew Lun Tian記者、 Yimou Lee記者、 Brenda Goh記者)