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アングル:中銀デジタル通貨、次期政権の課題に 日銀法改正も論点

2021年09月28日(火)15時02分

6月の「骨太の方針」に盛り込まれた中央銀行デジタル通貨(CBDC)を巡る議論の行方は、菅義偉首相の退陣で次期政権に引き継がれる。写真は2012年9月、都内の日銀で撮影(2021年 ロイター/Yuriko Nakao)

和田崇彦

[東京 28日 ロイター] - 6月の「骨太の方針」に盛り込まれた中央銀行デジタル通貨(CBDC)を巡る議論の行方は、菅義偉首相の退陣で次期政権に引き継がれる。CBDCの発行には機能や流通など技術面だけでなく、法定通貨と認めるかどうかといった制度面・法制面の議論も必要となる。決済の在り方を大きく変えうるCBDCの発行に日本はなお慎重だが、先行する中国はすでにデジタル人民元の試験運用を進め、来年の北京五輪で対外的に披露しようと計画している。

<避けて通れない日銀法改正の是非>

法制面でとりわけ焦点となるのが、日銀法改正の是非だ。同法は日銀に対して法定通貨としての「日本銀行券」の発行を認めている。しかし、想定している日銀券は「紙」で、デジタル資産のCBDCを発行する場合には日銀法改正が必要になるのではないかという点が問題になる。

2019年にCBDCの法律問題を検討した日銀研究会で座長を務めた神田秀樹・学習院大学大学院法務研究科教授は、日銀法改正が必要かどうかは日銀が具体的にどのようなCBDCを設計するかによると指摘する。

日銀は、CBDCを発行する場合でも現金の供給を続けることや、民間の「仲介機関」を経由してCBDCを利用者に供給していくといった基本的な仕組みを打ち出している。しかし、CBDCと現金の発行量のバランスや、仲介機関を銀行以外に拡大するのかなどについては検討課題となっている。

日銀は今年度から1年間、CBDCの発行を検証する実験をスタートさせた。基本的な機能を確認する第1弾、金利付加など周辺機能を追加する第2弾、民間事業者を入れて行うパイロット実験の3つのステップを踏む計画で、今は第1段階にある。

技術的な検証を踏まえ、政府と日銀は制度設計の大枠を整理する。政府は6月、「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)に、「パイロット実験や発行の実現可能性・法制面の検討を進める」と明記した。 しかし、日銀法改正論議には金融政策のあり方そのものが絡み、一筋縄でいきそうにない。自民党総裁選に立候補している高市早苗前総務相など、日銀に対して雇用をより重視するよう求める声は少なくない。現在の日銀法で掲げられた金融政策の理念は「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」ことであり、「雇用」を明記して米連邦準備理事会(FRB)のデュアルマンデートに近づけるのであれば日銀法改正が必要だ。

日銀法を所管する財務省の関係者は、「法整備の議論は是非も含めこれからだ」と話す。同省はデジタル通貨への取り組みを強化しはじめており、通貨を管理する理財局国庫課の人員を増やすことを検討している。

神田教授は「日銀法を変えるとなると、政府との関係など問題になっているところをどうするかということにもなるので、やりにくいだろう」と指摘。「デジタル通貨だけの別法という方がいいかもしれない」と話す。

日銀法以外にも、広範囲にわたる法整備が必要となりそうだ。フィンテックや暗号資産の法規制に精通する河合健弁護士は、CBDCを発行する場合にはマクロ経済や金融政策のみならず、民事法分野にも大きな影響が及ぶと指摘する。 民法はデジタル技術の進展を前提に作られてはおらず、例えばCBDCを差し押さえる手続きをどうするのかなど、民事の手続法や訴訟法を中心に「法改正はかなり膨大な領域に及ぶと予想している」と、河合氏は言う。

<必要なのは政治のリーダーシップだが>

与党・自民党からは、CBDC発行に向けた取り組みを急ぐよう求める声が相次いでいる。同党の新国際秩序創造戦略本部は昨年、政府・日銀に関連法改正の準備を促した。同じく金融調査会は今年5月、実現の可能性や制度設計で一定の結論を出すよう提言した。

背景にあるのが、中国の先行だ。中国はデジタル人民元を法定通貨に加える方針。来年2月の北京冬季五輪で、デジタル人民元を対外的に披露する計画を立てている。それに先立つ今月、中国当局は民間の暗号資産を全面禁止にした。中銀デジタル通貨の発行を前に、貨幣流通が不安定化するのを防ぐことが狙いの1つとみられている。

マネックスグループの松本大社長はロイターのインタビューで、中国との差が開いていることについて「政治意志だけの違いだ」と指摘する。政治がリーダーシップを発揮して官民が連携すれば「デジタル人民元程度のものはあっという間にできてしまうのではないか」と話す。

ただ、CBDCの実現性に懐疑的な見方もくすぶる。CBDC発行のためには、堅牢なシステム構築やマネーロンダリング防止対策、デジタル通貨流出時の補償体制など課題は多い。

政府・日銀は24年度、渋沢栄一を肖像画に採用した1万円札など新紙幣の流通を始める。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの廉了主席研究員は、消極的な声は少なくないとした上で、「当局が本気でデジタル円へ完全に切り替えるつもりなら、紙幣を渋沢栄一にする必要はない」と話す。

(和田崇彦 取材協力:木原麗花、金子かおり、ダニエル・ルーシンク 編集:久保信博)

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