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焦点:新型コロナワクチン成功で脚光、mRNA分野に資金と人材

2021年03月19日(金)10時38分

 メッセンジャーRNA(mRNA)を利用したCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)ワクチンが成功を収めたことで、この斬新な技術を、他のワクチンだけでなく、嚢胞性線維症(のうほうせいせんいしょう)やがん、その他の難病の治療に利用する道が開けてきた。写真はモデルナ製のコロナワクチン、2月に米コネティカット州で撮影(2021年 ロイター/Mike Segar)

Deena Beasley

[15日 ロイター] - メッセンジャーRNA(mRNA)を利用したCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)ワクチンが成功を収めたことで、この斬新な技術を、他のワクチンだけでなく、嚢胞性線維症(のうほうせいせんいしょう)やがん、その他の難病の治療に利用する道が開けてきた。

科学者らによれば、mRNAを使えば、従来の薬剤では到達不可能だった疾病を標的にできる可能性があるという。

mRNAの分野におけるトップクラスの専門家8人にインタビューしたところ、モデルナとファイザー/ビオンテックによるmRNAワクチン及び遺伝子ベースの製造プロセスが米国で緊急承認を得たことは、食品医薬品局が、過去に実績のない技術の幅広い利用に前向きであることを示しているという。

こうして高まる期待を背景に、mRNA技術に力を注ぐ企業には何十億ドル(数千億円)規模の資金が流れ込んでいる。ここ2―3カ月だけでも、数億ドル規模だ。またFDAのお墨付きを得たことで、科学分野におけるトップレベルの人材もこの分野に集まりつつあると専門家は言う。

「使える技術であることが証明されただけに、mRNAはこれまで以上の注目、関心を集めている」と話すのは、コンサルタント企業プライスウォーターハウスクーパーズで米国製薬・生命科学部門を率いるグレン・ハンツィンガー氏。

ボストン・コンサルティング・グループでCOVID-19問題対応チームの共同リーダーを務めるジョシュ・ケラー氏は、監督当局がワクチンを承認したことで、mRNAを利用した他の治療法についても「プロセスが加速され」、壊れやすいmRNA成分を製造・流通過程で維持することは可能であるという実践的な証拠が積み上がっていると話す。

mRNA技術は、コンピューターのオペレーティングシステム(OS)にたとえられることがしばしばある。mRNAは人体に特定のタンパク質を生成するよう命令する天然の化学メッセンジャーだが、製薬会社は、製造したmRNAに新たな遺伝子コードを挿入することにより、ターゲットを変更することができる。

ワクチンに関してmRNA技術が優れている点は、タンパク質を生産・精製してワクチンを生み出すために長い準備期間を必要とする標準的技術に比べて、汎用性と開発スピードが高いことだ。

<治験に到達した治療法>

2020年、新型コロナウイルスによるパンデミックを契機とした緊急のニーズを背景に、mRNA技術を利用したワクチン・治療薬の開発に従事する企業に投資が集まった。インドに本社を置く調査会社ルーツ・アナリシスによれば、その金額は2019年の5億9600万ドル(約643億円)に対し、52億ドル以上という。

ここ3カ月に限っても、mRNA技術に注力する企業の中で、キュアバックNVが5億1800万ドル、アークトゥルス・セラプーティクス・ホールディングが1億5000万ドルをそれぞれ調達し、ジリード・サイエンシズは、やはりmRNA技術を扱うグリットストーン・オンコロジーと、HIV治療ワクチンに関する最大7億8500万ドル規模の契約を結んだ。

ルーツ・アナリシスによれば、世界全体では、150件以上のmRNAワクチン・治療薬が開発の最中にある。ほとんどはまだ初期の動物実験の段階だが、人間を対象とする治験に達しているものも30件以上あるという。

mRNAは扱いが非常に難しい場合があり、将来的に治療が成功するかどうかは不透明だ。

mRNAからの命令は一瞬の出来事であり、それが人体のどこで生じるかは不特定である。免疫反応を引き起こすために新型コロナウイルスの無害な断片を生成するよう細胞に指示を出す場合にはうまく作用する。だが、そうした命令を肺や心筋など特定の組織に送り込むのはもっと難しく、別の投与方法や、分解されやすいmRNA分子を守るカプセル化が必要になる。

昨年投資された資金のほとんどはCOVID-19関連プロジェクトに回ったが、企業が別の疾病カテゴリーに前進する手助けにもなった。

たとえばモデルナは、心臓病、がん、希少疾患の治療に取り組んでいる。COVID-19以外のプログラムで最も進捗を見せているのは、米国において出生異常の代表的な原因になっているサイトメガロウイルスに対するワクチンである。

mRNA技術による治療法を最初に市場に投入するのは、トランスレート・バイオになるかもしれない。ロン・レノードCEOによれば、嚢胞性線維症のための吸入薬により、CFTRと呼ばれるタンパク質を生成する命令を肺に送り込むことを示せるか否かが鍵になるという。

トランスレート・バイオでは、今年第2・四半期には第2フェーズ治験の暫定結果が得られると期待している。安全性・有効性の点で有望な結果が出れば、さらに規模を拡大した治験を実施し、米国での使用承認を申請する可能性が出てくる。

余命の短縮につながる肺疾患である嚢胞性線維症の患者は、CFTR遺伝子の変異により、このタンパク質が機能不全を起こすか、あるいはまったく生成されなくなってしまい、体内の粘液・分泌液の粘度が高まり、肺の感染症その他深刻な合併症の原因となる。

アークトゥルスのジョー・ペインCEOは「ほとんどの薬剤は、この疾病が結果的に引き起こす症状を改善するものだ。(略)だがmRNAによる治療法では、そもそも欠けているものを置き換えようという話になる」と話す。アークトゥルスでは、COVID-19とインフルエンザのmRNAワクチンを開発するだけでなく、肝疾患や嚢胞性線維症の治療薬にも取り組んでいる。

ペンシルベニア大学ペレルマン・スクール・オブ・メディシンのドリュー・ワイスマン教授(感染症学)は、2005年に、mRNAの分子構造を変化させて人体の防衛機能を通過できる程度に安定させるという画期的な方法を発見した2人の科学者の1人である。

ワイスマン博士によれば、ここ9カ月間で、mRNA分野に取り組む企業20社から取締役会への参加を要請されたという。また、mRNAの研究に関してペンシルベニア大学との提携を申し出た研究所の数は3倍近くに増大したという。

mRNA治療の作用をコントロールする技術に取り組んでいるストランド・セラプーティクスのジェイコブ・ビクラフトCEOによれば、細胞療法などの分野が成熟期に入りつつある中で、最先端の仕事に就きたいと考える科学者らがmRNA関連企業に目を向けるようになっているという。

「私のところにも、そういう就職希望者からのメールが山のように届いている」とビクラフトCEOは言った。

(翻訳:エァクレーレン)

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