ニュース速報

ビジネス

焦点:空売り規制が世界的に再燃の兆し、市場保護か不当な介入か

2019年11月24日(日)07時52分

 11月19日、一部の国や地域で株式の空売りを禁止する動きがまたぞろ見え始め、自由な市場を提唱する人々と、暴利をむさぼって大企業の安定を損なうとみなす投資家を阻止しようとする当局が再び論争を繰り広げつつある。写真は2011年8月18日、ドイツのフランクフルト証券取引所で撮影(2019年 ロイター/Alex Domanski)

Lawrence Delevingne Simon Jessop Jonathan Spicer

[ニューヨーク/ロンドン/イスタンブール 19日 ロイター] - 一部の国や地域で株式の空売りを禁止する動きがまたぞろ見え始め、自由な市場を提唱する人々と、暴利をむさぼって大企業の安定を損なうとみなす投資家を阻止しようとする当局が再び論争を繰り広げつつある。

トルコ政府は先月、国内の7つの銀行の空売りを禁止した。米検察がハルクバンクをイラン制裁違反で訴追したことを受けた措置だ。韓国は空売り規制を検討中で、欧州諸国も空売り業者が相場操縦をしているかどうか調査を進めている。また英国の欧州連合(EU)離脱が迫る中で、ドイツやイタリア、オランダは株価の乱高下を避ける目的で、一時的に空売りを禁止する可能性がある。

こうした新たな流れについて、米国の空売り専門調査会社マディー・ウォーターズを立ち上げたカーソン・ブロック氏はロイターに「真実に対して世界的に仕掛けられた戦争だ」と非難した。

空売り禁止の効果は、一部の学者やニューヨーク連銀などが疑問視している。ただ世界全体で見ると、空売り業者の旗色は次第に悪くなりつつあるのかもしれない。

2008年の世界金融危機から12年の欧州債務危機まで相次いだ空売り禁止は、それ以降大幅に減少したが、足元ではブレグジット(英国のEU離脱)と米中貿易摩擦が市場を動揺させ、当局の頭痛の種になっている。このため韓国政府高官は、貿易摩擦を理由に空売り制限を視野に入れていると明かした。

欧州システミックリスク委員会が昨年公表した調査によると、世界金融危機当時は空売り禁止が約20カ国で7000銘柄超を対象に実施され、欧州債務危機の際も、1700銘柄前後の空売りが禁じられた。

欧州証券市場監督局(ESMA)は11年、「空売り自体は妥当な取引戦略の1つだが、偽情報の流布と組み合わせれば明らかな不正に該当する」と指摘。各国は偽情報が広がるのを防ぎ、公平な競争環境を確保する目的で空売りを禁止したと説明していた。

しかしこうした空売り禁止は、市場の自由な取引を阻害し、正確な価格決定に制約を与えるとともに、出来高を抑制して全ての投資家の取引コストを押し上げてしまうとの批判が聞かれる。

ロンドン大学カス・ビジネス・スクールのリチャード・ペイン教授は、空売り禁止の実質的な影響は単に取引コストを上昇させ、出来高を減らすだけでしかないことが、研究結果から分かったと述べた。

<乏しい相場への影響>

ニューヨーク連銀が12年、空売りを08年終盤に事実上禁じられた400余りの米金融株の当時の14日間の値動きを調べたところでも、意図した効果は得られなかった。

これらの銘柄は平均で12%下落し、規制対象外だった非金融株の動きとほぼ変わらなかったのだ。一方金融株の取引コストは、平均よりも6億ドル以上増大したと推定されている。

連銀は「われわれの分析では、空売り禁止は株価にほとんど影響しなかった」と述べ、株価変動をもたらした具体的な原因は不明としつつも、市場の流動性が低下して取引コストが上がったと付け加えた。

ESMAが17年に示した分析でも、空売り禁止は株価に大きな影響を与えなかったことが判明した。

それでもESMAが「選別的な介入」を続ける決意は固い。例えば今年、不正会計疑惑が報じられた決済サービスのワイヤーカードの空売りをドイツ政府が2カ月禁止したことに関して「ドイツ金融市場への脅威に対処するための適切かつ相応な(措置)」と支持した。

<不都合な真実>

空売りは古くから行われている取引で、そもそも1600年代初めにさかのぼり、当時のオランダでは東インド会社の株価を支えるために当局が介入する場面もあった。

マディー・ウォーターズのブロック氏らは、空売りを禁止したり何らかの制限を加えようとするのは政治的なパフォーマンスの一環にすぎないと手厳しく切り捨てる。

同氏は、空売りを禁止するのは本当のところは「真実だが不快なニュース」を「フェイクニュース」と名付けて排除するようなものだと主張し、ドイツとフランスが空売り業者の調査を開始した後、両国で自らが構築している空売りポジションを公言しにくくなったとこぼした。

ドイツ、フランス、イタリアの検察は、空売り業者のワイヤーカードや仏小売り大手カジノなどに関する調査や投資を調べている。

中国企業への空売りで知られるダン・デービッド氏は、景気後退が到来すれば世界的にこうした動きが出てくるのではないかと懸念する。「この種の介入は長期的には絶対に機能しないが、政治面では短期的に必ず成功する」という。

トルコの空売り禁止は、同国経済の弱さの表れで依然として投資を敬遠したくなる、と語るのはヘッジファンドのミーナ・キャピタルを創設したKnaled Abdel Mjeed氏だ。

プラティナム・アセット・マネジメント創設者カール・ネルソン氏は、世界的に自由な取引の枠組みから離れていく動きが加速していて、その中に空売りを禁止する政府が増加することが含まれてもおかしくないとの見方を示した。

ロイター
Copyright (C) 2019 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 8
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中