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焦点:香港デモで食い違う参加者数、正しい推計値の求め方

2019年06月25日(火)16時12分

[20日 ロイター] - 世界有数の「金融ハブ」香港では今月、2度の大規模抗議デモが行われ、中国本土への犯罪容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例改正案」の撤回を求める参加者が中心部の通りを埋め尽くした。

参加者の多くが、特別行政府による同改正案によって、司法の独立が脅かされるリスクを懸念していた。

デモ隊の規模は、香港では議論を呼ぶ問題だ。大規模デモの多くについて、警察側とデモ主催者側による参加人数の推計値が大きく異なることがある。参加人数は市民感情のバロメーターとして扱われることが多いため、それ自体が当局と主催者の政治闘争の火種となる。

香港大学民意研究計画(HKUPOP)の鐘庭耀氏は、参加者数の推計が、政治に引っ張られて非現実的なものになり、科学的でなくなっていると嘆く。

「科学と民主主義という不要な緊張関係の板挟みになっている」と、同氏は言う。

香港中心部のような混みあった地域で、群衆の数を正確に推測するのは非常に難しい。その難しさを検証し、警察と主催者によるそれぞれの推計に大幅な開きがある理由を調べた。

香港は、超高層ビルやコンクリートの居住ビルが林立するジャングルであり、世界で最も人口密度が高い地域の1つだ。一部の入り組んだ狭い通りが、大規模デモ参加者の推計を困難にする。だが16日のデモでは、30度を超える暑さと照りつける日差しの中でも、デモ参加者は秩序を保っていた。

6日と16日のデモは、ともに香港最大の平坦なオープンスペースであるビクトリア公園を起点に始まった。

デモ参加者がここに集まり始めたのは午後1時半ごろで、同2時半ごろには行進を開始した。デモに加わる参加者は、午後の間ずっとこの公園を埋め続け、出発して行った。

抗議デモはその後、香港の中でも最も過密な地区である銅鑼湾(コーズウェイ・ベイ)や湾仔(ワンチャイ)、金鐘(アドミラルティ)を通過。その間も、参加者が増え続けた。

デモ参加者が「中国への引き渡し反対。キャリー・ラム(林鄭月娥)行政長官は辞任せよ」と叫ぶ声が、街中にこだました。

デモ隊の先頭が、終点である金鐘地区の添馬(タマル)公園に到着した時には、まだ起点のビクトリア公園を出発していない参加者がいた。約8時間後に最後尾が添馬公園に到着し、行政長官のオフィス近くで抗議活動を続けた。現場には、警棒や透明な盾を装備した警官隊数百人が配置され、デモ参加者に前進をやめるよう訴えた。

<人数推計の科学>

群衆の大きさを推計する作業は非常に重要だと、英マンチェスター・メトロポリタン大のキース・スティル教授は語る。

「群衆の人数計測は、リスク査定の重要な要素だ。事前に数を推計し、容量と流れを理解することが、群衆の安全管理の鍵となる」と同教授は話す。

専門家による推計方法は、状況に応じて異なる。

移動しない群衆の場合、密度を計算することで推計できる。例えば、1平方メートル当たりの人数を数え、群衆全体が占める面積にかけ合わせて積を求めるのだ。

スティル教授によると、このやり方の問題点は、群衆の密度が場所によって異なる可能性があることだ。

デモ行進の時間や場所で人の密度がどれほど変わるかを示すため、ロイターは実際に人数を調べてみた。

9日と16日撮影されたデモ隊の中心部では、1平方メートル当たり1人から4人と、密度に幅があった。デモ隊の末端や、デモのごく初期や末期では、より密度が低かったと考えられる。

起点と終点を含む主要なデモルートの面積は、約14万5000平方メートルだった。写真で示された密度の平均を使って計算すると、大体11万6000人から58万人がこのスペースを占めた計算になる。

だが一日を通じて、新たな参加者が起点に加わり、その一方で終点に到着して帰路につく人がいた。常に人の流れがあったことと、道が長く狭いこと、そして長時間抗議活動が続いたことを考えれば、上記の数字は群衆をほんの一瞬切り取った数字でしかない。

<人の流れを計算する>

デモ行進では、人の流れを計測する方が、より群集の人数把握に適した方法だとスティル教授は言う。

デモ行進のルート上のある地点(一番細い場所であることが望ましい)の幅を測り、一定の時間内にそこを通過した人の数を計測することで、行進が続いた時間の長さを使って全体数を計算することができる。

この方法は、この地点を通過後に新たに加わった人がいないことを前提にしている。そのため、終点に近い場所を選ぶのが理想的だ。

ヘネシー・ロードと天楽里の交差点付近付近のデモ隊の流れを撮影したタイムラプス(低速度撮影)動画を見ると、網目のような道を抜けてくる人も多く、何度も止まっては動いている。

一番最近の行進では、デモ参加者が平行して走る道にも流れ込み、参加人数の推計を一層困難にした。

<さまざまな推計値>

警察側とデモ主催者側の推計値は、食い違うのが普通だ。近年では、その差が大きく開くようになっている。

警察:33万8000人

警察の広報担当者は、9日は最大で24万人、16日は最大33万8000人が参加したと推計していると語った。これは、一日中続いたデモ活動の、ある一瞬に現場にいた人の数字だという。

警察側は、推計方法を明らかにしていないが、数か所での計測に基づいているとしている。

「警察が推計する参加者の数は、十分な警察官を配置するための大まかな数字でしかない」と警察当局者はロイターに語った。

主催者:200万人

16日のデモを組織した民主団体の1つ、民間人権陣線は、8時間のデモ活動に200万人近くが参加したと推計している。警察よりもずっと多いが、これは抗議活動が続いた時間をすべて考慮した数字だ。

「高い場所に人を配置して、1人ずつ人数を数えている。これが最も手間のかかる、しかし科学的な推計だと思う」と、同団体の代表者は記者会見で述べた。

1秒当たり10人の速度で数えた場合でも1時間で数えられるのは最大3600人。それも同じ人を2度数えない必要がある。この代表者は、何人を配置したのか明かさなかったが、このペースで200万人を数えるには、552人時分の働きが必要になる。

香港大の葉兆輝教授は、この団体の推計値を疑問視している。

「200万人もの人をどうやって1人ずつ数えるのか。人間には無理ではないか」と、同教授は指摘する。

独立推計

前出のHKUPOPでは、警察側と主催者側のそれぞれの推計値を追跡し、中国に香港が返還された記念日である7月1日の抗議活動などで独自の推計値を出している。警察と主催者の推計値には大きな開きがあるのが常だが、2011─14年は特に差が大きかった。

このプログラムを率いる鐘庭耀氏は、推計値が絶望的に政治化されていると話す。

「推計値は、科学的でなくなってきている。一方は誇張ばかり、もう一方は圧縮するばかりで、双方とも現実からかけ離れてきている」

HKUPOPでは、一般的に行進の流れを計測し、いつどこでデモに参加したかについての参加者取材を踏まえてこれを調整して推計値を出している。同プログラムは、9、16日のデモに計測チームを派遣しなかった。

だが葉教授は、入手できる材料から、参加者数は50─80万人だったと推計する。

<「市民の力」>

警察側とデモ主催者側が、推計数で合意に達することはないだろう。だが葉教授は、数字を巡って争うことで、双方とも大事な点を見落としていると指摘する。

「実際の人数は、本当はそれほど重要ではない。市民が大挙して参加しているかどうかを感じられるかが大事だ。香港市民には非常に大きな力があり、それを誇りに思っている」

出典:マンチェスター・メトロポリタン大キース・スティル教授、香港大民意研究計画(HKUPOP)、グーグル・アース、香港警察、民間人権陣線、ロイター報道 

(Simon Scarr記者, Manas Sharma記者, Marco Hernandez記者、 Vimvam Tong記者、翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)

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