ニュース速報

アングル:遺体は何を語るか、北朝鮮指導者が得た「永遠の命」

2019年03月12日(火)15時57分

Josh Smith

[ソウル 6日 ロイター] - 米朝首脳会談を終えた北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が今月、ベトナムの首都ハノイを「親善訪問」した際、北朝鮮とベトナムが共有する共産主義の「遺産」が注目を浴びた。

その中でも、長期保存のために防腐処理などが施され、それぞれの首都に安置されている指導者の遺体や、年月を重ねた遺体を永遠に生きているような状態に保つ「エンバーミング」と呼ばれる防腐処理を行うロシアの密かな技術者集団ほど奇妙なものはないだろう。

トランプ米大統領との首脳会談が物別れに終わった金委員長は2日、ベトナム建国の父であるホー・チ・ミン氏の遺体が安置されたハノイの霊廟を訪れ、花輪を献上した。

霊廟の内部は暗く、エンバーミング処理されたホー氏の遺体はガラスの棺に安置されており、観光客が絶え間なく見学に訪れる。

北朝鮮の首都平壌では、金委員長の祖父である金日成(イルソン)主席と父の金正日(ジョンイル)総書記の遺体も同様に、錦繍山(クムスサン)太陽宮殿に安置されている。北朝鮮を支配する一族を個人崇拝するための霊廟である。

両国に安置されているこれら3人の指導者は皆、もともとモスクワにある「レーニン研究所」に所属する専門家チームによって防腐処理が施された。1924年にロシアの革命家ウラジーミル・レーニン氏の遺体を保存処理し、安置したのが始まりだ。

ソビエト連邦は崩壊し、ベトナムと北朝鮮における社会主義も当初のイデオロギーの痕跡がほとんど認識できないほどに変貌しているが、当時と同じ研究所がいまだにホー氏の遺体を毎年保全している。また、少なくとも1人の研究者によると、北朝鮮の故指導者2人の遺体を生き生きと見せるために手助けをしているという。

「最初のエンバーミングと定期的な保全はいつもモスクワの研究所の科学者らが行っている」と、米カリフォルニア大学バークレー校で人類学を専攻するアレクセイ・ユルチャク教授は指摘する。

「長い年月をかけて、一部の技術については現地の科学者にトレーニングを行ったが、すべてを教えたわけではない。核心部分は絶対に明かさない」と、防腐処理された共産主義指導者についての本を執筆中だという同教授は語った。

<遺体処理>

ミイラ製作のような初期の防腐処理とは異なり、旧ソ連の科学者が開発した、永久保存を可能とするエンバーミング処理では、ろう人形のように顔はやや青白いものの、遺体は傷1つなく生身の人間のように柔らかい。

ホー氏が死去した1969年当時は、北ベトナムが米軍戦闘機の攻撃を日常的に受けていたため、ソ連はハノイ郊外の洞穴に化学薬品や器具を空輸し、そこを無菌研究室にした、とユルチャク教授は言う。

ソ連が1990年代に崩壊すると、政府が運営する同研究所は資金難に陥り、海外顧客にますます依存するようになったと同教授は言う。

北朝鮮もその顧客であり、ロシアの専門家は平壌の霊廟に作った研究室の中で、金日成主席と金正日総書記にエンバーミング処理を行った。

最初の処理には数カ月かかり、遺体は定期的に保全する必要がある。

「1年半から2年ごとに、遺体はモスクワの科学者らによって保全される」とユルチャク教授は語る。同教授は、研究所に所属する複数の科学者へのインタビューや、独自の実地調査も行っている。

ホー氏の霊廟を管理する委員会のウェブサイトによると、ソ連崩壊後、ロシアはエンバーミング処理に使う薬品の費用を請求するようになったため、ベトナムは自国製の薬品を使用するよう求めたという。ベトナムはまた、技術を習得させるため専門家をロシアに派遣し、今では霊廟の運営を自国でできるようになったとしている。

しかし同委員会のある関係者は、霊廟は1年に2カ月間閉鎖され、ロシアの専門家が年に1度の遺体保全を支援していると確認した。

北朝鮮で観光と文化を振興する団体を立ち上げた研究者のトム・フォウディ氏は、ただの「修理」としてクムスサン宮殿が閉鎖されているのを見たことがあるが、遺体の保全が行われていたかは謎だと話す。

「その技法がロシアに由来することは明白だが、それが明らかにされることはないだろう」

中国は当時、ロシアと緊張関係にあったため、自国の科学者が毛沢東主席の保存処理を行ったが、その中国が北朝鮮に指南し、助けていると、一部の専門家は指摘する。

<変化する象徴>

平壌のクムスサン宮殿に入ると、訪問者は金日成氏が所有していたヨットや米アップルのコンピューターの展示場所を通り、遺体の安置場所に向かう。遺体の前では3度おじぎをしなくてはならない。

「金一族の個人崇拝に基づく政治は他の何よりも優先される」とフォウディ氏は語り、霊廟のメンテナンスは北朝鮮政府の予算において今後も「圧倒的に優先される」だろうと語った。

貧困に苦しむ北朝鮮がかつての指導者2人の遺体を維持するためにどれくらいの費用を費やしているのかは定かではない。ロシアが2016年に初めて明かしたレーニン氏の遺体保全費用は、同年で約20万ドル(約2200万円)だった。

エンバーミング処理は元来、レーニン氏が体現するような、世界の共産主義国に名を連ねる方法として亡くなった指導者に行われた。

しかしベトナムと北朝鮮がそれぞれ政治的に異なる道を歩むにつれ、指導者の遺体に込められた意味も変わっていった。

「こうした遺体が本来持っていた意味は現在変わっている。ベトナムでは、ホー氏の遺体は独立のための反植民地主義的な闘争を意味している。共産主義をはるかに超えた、新しいナショナリズムの象徴ですらある」と前出のユルチャク教授は指摘。

「一方、北朝鮮では、歴代指導者2人の遺体は、『帝国主義的な環境』に直面しながらも、1人の指導者の下で成り立つ自給自足する国家を意味している」と同教授は付け加えた。

(翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)

ロイター
Copyright (C) 2019 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 8

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 9

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中