コラム

トップ不在でも機能する日本型組織の不思議

2014年01月14日(火)15時02分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー
〔12月31日号掲載〕

 何年か前、日本の超一流企業の広報担当者に新任の社長についてどう思うか聞いたことがある。彼の返事はこうだ。

「あの人はもともと技術屋として東京本社に採用されたが、仕事ぶりはパッとしなかった。それでも順当に昇進して管理職になった。部下を使いこなす能力も大してなかったが、そのうちアメリカ支社のトップに据えられた。アメリカはわが社にとって国内に次ぐ重要市場だ。ここで彼の無能ぶりが露呈した。売り上げは落ちるわ、ブランドイメージは悪くなるわ。それで本社に戻して『みこし』の上に乗せたというわけだ。社長にしておけば、会社に一番害がないからね」
 
 この話が冗談だったのか本気だったのか、今でも謎だ。礼儀正しい日本人が上司をここまで無遠慮にけなすとは、この人は少々頭がおかしいのかもと思った。

 だが長年日本にいるうちに事情がのみ込めてきた。日本型の組織ではトップはたいがい「お飾り」にすぎない。従って、組織内にまったく使えない人間がいたら、トップの役職に祭り上げておくのが最も無難だ。品質管理を任せたら、ずさんな仕事ぶりで顧客が迷惑するだろうし、広報をやらせたら企業イメージを台無しにしかねない。その点、社長なら人畜無害というわけだ。仕事はカメラの前でにっこり笑うだけ。会社の年次報告書の冒頭に掲載する写真のモデルになるだけでいい。

 プジョーやエアバスなどフランスの企業の経営者にインタビューすると、当面の目標や、それを達成するためのプランや戦略を語ってくれる。ところが日本の経営者は月並みなお題目を並べるだけ。「市場は進化しています」「わが社は改革に取り組んでおります」「伝統を守りつつ技術革新を目指します」などなど。

 インタビュー記事にするには、あまりに退屈な内容だ。しかも広報担当者が社長の言ったことをいちいちチェックするから、記者はやっていられない。手間ばかりかかってウイスキーの入っていない水割りのような記事しかできない。

■関心事はオリンピックのみ

 日本型組織は手続きを重視するので、ビジョンを持ったトップがいなくても機能できる。日本全体もそうだ。首相が1、2年で交代するのが当たり前になっているが、これではまともな指導者は育たない。中曽根康弘、小泉純一郎、安倍晋三など少数の例外を除き、リーダーらしいリーダーを輩出していない。歴代の首相はたいがい調整役にすぎず、壮大なビジョンなど持ち合わせない。

 それでもすべてがうまく回る。電車は時刻表どおりに運行され、税金は納められ、泥棒は逮捕される。同様に、大半の会社が滞りなく企業活動を行っている。

 そうなると1つ疑問が湧いてくる。日本で最も大きい都市である東京都には知事が必要なのか。

 普通に考えたら必要だ。何といっても東京は世界最大級の都市。船長不在の巨大タンカーは座礁を避けられない。

 とはいえ、今まで船長がいただろうか。石原慎太郎は(その立場を支持するかどうかは別として)本物の政治家だった。オリンピック招致も法制化の動きが進むカジノ構想も石原の発案だ。

 それでも、長年都庁を取材してきたある記者によると、石原は都知事時代の最後の数年間は週2日しか登庁しなかったらしい。彼の後任である猪瀬直樹は、徳洲会グループからの現金受領を都議会で追及され、先週辞任を表明した。先の記者の話では、猪瀬は徹底した秘密主義だった。オリンピックしか関心がなく、他の問題は幹部職員に丸投げ。友人がいたとしても、誰かは分からない。外国人ビジネスマンは都知事と話をしたくてもルートが見つからないと嘆いていた。

 疑惑発覚後は、釈明に明け暮れていた。辞任を待たずとも、既に都知事ポストは空白同然だったのだ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日ゼオン、26年3月期の営業益を上方修正 市場予想

ビジネス

アステラス製、4─6月期営業益は86.8%増 通期

ビジネス

武田薬、4─6月期は11%の営業増益 市場予想上回

ビジネス

日経平均は4日続落、日米中銀イベント控え様子見
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い」国はどこ?
  • 3
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突っ込むウクライナ無人機の「正確無比」な攻撃シーン
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    タイ・カンボジア国境紛争の根本原因...そもそもの発…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「出生率が高い国」はどこ?
  • 9
    グランドキャニオンを焼いた山火事...待望の大雨のあ…
  • 10
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 8
    レタスの葉に「密集した無数の球体」が...「いつもの…
  • 9
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 10
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story