コラム

2010年は「韓国語ノススメ」

2010年02月10日(水)16時41分

今週のコラムニスト:コン・ヨンソク

 去年12月5日土曜日、冷たい冬の雨が降りしきるなか、東京四谷にある韓国文化院ハンマダンホールにて、個人的には2つの意味で極めて意義深いイベントが開催された。

 その名も「Ryuと韓国語収録! Voice of KJ」。これは、『韓国語ジャーナル』(アルク社)創刊30号を記念して、同誌の付録CDのプログラム「Voice of KJ」を公開収録するというもの。ゲストには、あの「冬ソナ」の主題歌を歌ったRyuを迎えて、トークショーという形で進められた。

 このトークショーが画期的だったのは、基本的にほとんど韓国語で進められたということだ。聴衆は同誌の読者から抽選で招待された方々で、ネイティブの韓国語をある程度は理解できる。ある意味、これまた公開韓国語レッスンでもあるわけだ。

 このようなイベントが東京のど真ん中で開催されるほどになったのだ。同誌が創刊されたのは02年。やはり、サッカーW杯共催と「冬ソナ」の力は大きい。今年は韓国併合から100年になる年だが、日韓関係の劇的な変化を如実に示す歴史的事件でもあったのだ。

 これが、このイベントの公式の歴史的意義だ。だがそれだけなら、わざわざ5歳の息子を連れて雨の四谷に行くことはなかったかもしれない。というのも実は、トークショーのナビゲーターが前記のCDにも登場する僕のかみさんだったのだ。

 かつてママがアナウンサーで、ニュースを読んでいたことをお腹の中でしかしらない息子は、いつも家と公園にいるものと思っていたママが、スポットライトを浴びて舞台に立っている姿に、興奮を隠せない様子だった。

 2階の関係者席に案内された僕は、左手にビデオカメラを、右手では身を乗り出して危うく落ちそうな息子を抑えながら、歴史的瞬間(?)を捉えていた。だが、体は抑えられても口まで塞ぐことはできない。公開録音なので雑音は厳禁なのだが、もし、「ママ!」という叫び声が収録されていたら間違いなく息子の仕業だ。

■「日本人であるために重要な朝鮮語」

 聴衆は案の定、圧倒的に女性が多く、その多くは40〜50代に見える女性だ。時より「発見」することができる男性や、稀に見る若いカップルには、特別賞でも与えたい気持ちになった。韓国には日本語を熱心に学ぶ若い人が多いのに、日韓の経済格差やスポーツ力は縮まっても、言語学習の格差は用意には縮まらないようだ。

 だが日本にこのような空間があるなんて、70年代からの日本を知る僕にとっては、なんだかきつねにつままれた感じだった。ここは自分が韓国人であることが、安心できて、プラスに感じられる不思議な空間だ。僕は生れて初めて、日本に住むアメリカ人なら毎日のように感じるであろう気分を味わうことができた。

 日本で韓流ドラマを観ること以外「何の役にも立たない」とされる韓国語を学ぶことの意味は何であろうか。中国文学者として有名な竹内好は晩年、「朝鮮語のすすめ」という短い論稿の中で、「私は余力があれば今からでも朝鮮語を学びたい。そして人にもすすめたい。中略。あなたがあなた自身になるために、朝鮮語がどんなに役に立つかを力説したい」と述べている。

 竹内は、「日本国家は朝鮮人から一度は完全にその母国語を奪った。その理不尽さを、感覚的に理解することは、どんなに努力しても日本人には不可能」だとしながらも、「朝鮮語を抹殺することによって日本語そのものがゆがめられ、堕落した事情を確認し、堕落の程度を測定する」ためにも、「朝鮮語は必要不可欠」だと説いている。その上で、普仏戦争のとき母国語を奪われたフランス人の悲しみを書いたアルフォンス・ドデの短編を読みながら、日朝関係に連想を働かせる日が来てもらいたいと願っている。

 竹内のように大上段に構えなくとも、韓国語あるいは朝鮮語は日本人にとってもっとも身近な外国語のはずである。だが、僕のいる学問の世界でも、英語ができればどこでも重宝されるが、韓国語が話せても、「韓国語しかできない」と誰も評価してはくれない。

 このイベントに集まった人たちも、旦那に内緒でこの場に来ているかもしれないと思うと胸が痛い。英語やフランス語なら堂々と人前で自慢できるが、韓国語を勉強しているといっても誰も褒めてはくれない。しかし、日本と最も関係の深い朝鮮半島の言葉を学ぶことは、理屈抜きでそれ自体価値あることなのだ。

■韓国語学習はヒマでも左翼でもない

 しかも、やがて朝鮮半島が統一の方向に向かえば、日本列島のすぐ隣に8000万のコリアンが存在することになる。国内の在日コリアンや、中国の朝鮮族、在米コリアンなどコリアン・ディアスポラまで含めると、これからは何かしらのコリアンと触れ合う機会はますます増えるとみるべきであろう。その数は、「日本語人」に匹敵する数になるかもしれない。

 それなのに、韓国語を学ぶことがいまなお、「おかしい」、「物好き」、「超ヒマ」、「アウトサイダー」、「サヨク」などのレッテルを貼られるべきものだろうか? 韓国語がこんなにも軽んじられてきた日本社会こそ「おかしい」のではないか。

 韓国語が第二外国語として認められている大学も多くない。大学では国際化の名の下に「英語化」に熱を上げているが、東アジアの時代ともいわれる21世紀において、本当にそれでいいのだろうか。フランス語をたしなむ程度もできないドイツ人がどれほどいるだろう。歴史問題? そんなもの、日本のリーダーが韓国語で一言、「ミアンハムミンダ」、「チェソンハムニダ」(ごめんなさい)と心から言えば終わる話だ。もちろん、これは非現実的だが、「強い」立場にある人間が、「弱い」立場の言葉を話せるというのは、大きな効果を持つ。

 今年も早いもので、小沢と朝青龍の顔を見ていたらもう2月になってしまった。僕のように来る旧正月を機に改めて今年の目標を再設定したい方は、韓国語の習得を目標に掲げて、「本当の自分」を探してみてはどうだろうか。

 格好の教材があるので紹介しよう。この春、TBS系列でゴールデンタイムに地上波放送される予定の韓流ドラマ『アイリス』(イ・ビョンホン主演)は、老若男女を問わず超オススメ( !)だ。

プロフィール

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・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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