コラム

スマートな米IT企業の変身パターン

2014年04月18日(金)19時36分

 日本にも進出したハイヤー・サービスのウーバーが、ニューヨークでは新たにバイク便サービスに参入するという。このニュースを聞いて、これはまさにアメリカ的、かつIT企業的なビジネスの展開だと感じた。

 ご存知の通り、ウーバーはスマートフォンから近くの空車ハイヤーを呼び出せるしくみだ。ハイヤーの現在位置も料金も明示され、ことにアメリカの地方都市のように流しのタクシーがつかまりにくい場所にはぴったりのサービスで、黒塗りの車が自分を迎えにやってくる高級感も人気だ。

 人と車を結ぶこのサービスは、モノと車を結ぶサービスにも使える。ウーバーは、ハイヤー・サービスで構築したITシステムを、今度はバイク便を呼び出してモノを運ぶサービスに利用するというわけだ。

 ここでおもしろいのは、ウーバーをただ人が優雅にハイヤーを利用できるサービスとしてだけ見ていては、この転換はわからなかったろうということだ。車側、あるいはITシステム側から見れば、これは輸送のオンデマンド・システム。人であろうとモノであろうと、輸送するものは同じなのだ。

 当のウーバーが自社のサービスについて、最初は「みんなのためのプライベート運転手サービス」と謳っていたのを変えた。今や同社は「ライフスタイルとロジスティックスの交差点」なのだそうだ。自ら構築したシステムの潜在力に気づいたのだろう。これをロジスティクスとしてとらえれば、単なる客商売のハイヤー元締めではなく、もっと広く社会の物流を左右する力があると考えたのだ。

 実はウーバーにはグーグルが出資していて、グーグルの自走車が完成した暁には、ロボタクシーと呼ばれるドライバー不在の車が、ウーバーのシステムに載って町中を走行している未来図が想像できる。何かを送りたい時にウーバーで自走車を呼び出せば、それがプライベートな即日配達便として運んでくれるというわけだ。ウーバーはそうした未来にまで通じるインフラを、着々と構築していると考えていいだろう。

 アメリカのIT企業には、この手の展開がよく見られる。ひとつの業界から出発して、IT技術利用によって効率化を図っているうちに、まったく別の業界へ参入していたという発展だ。

 特に知られるのはアマゾン・ドットコム。オンライン書店からオンラインのデパートになり、自社の余剰インフラを売ってクラウド・サービスを始め、また出版社にもなった。同社は今、ロジスティクス業界へも参入すると見られている。ユーザーへ一刻でも速く注文の品を届けようと、全米津々浦々に配送センターを配備し、そこから最短時間で配達する限界に常に挑戦している。ドローン(無人航空機)での30分配達などという突飛なアイデアも、専門家によると「決して冗談ではない」らしい。

 別の例は、小型の装着型カメラを開発したゴープロ。サーフィングやクライミングなどのエクストリーム・スポーツ愛好者に人気のあるこのカメラで撮った映像が、同社のサイトに無数に上げられ、多くの人々の間でシェアされている。そのうち同社は、スポーツ映像に特化したメディア会社に発展するだろうとされている。

 また、レンタル・ビデオ会社から出発したネットフリックスは、近いうちにテレビ局をも脅かす存在になるだろう。最初はユーザーにDVDを郵送していた同社は、その後ストリーミングでオンデマンドに映画やテレビ番組を提供するプラットフォームになり、そうこうする間に、独自の人気テレビ番組シリーズまで制作するようになった。テレビ局の独断場と捉えられてきた最後の砦が、より小回りの効くシステムやインフラを持つ新参者に突き壊されている。

 ひとつのことを可能にする実現化技術がツールからプラットフォームになり、企業はそれをテコにして新業態へ変化する。日本では既存勢力が強いのか、実現化技術も既成の枠の中でしかその力を発揮しないようだが、アメリカではITシステムとインターネットが広まって以来、ずっとこの交替劇が続いている。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

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