コラム

選挙政治の是否が問われるエジプト

2013年07月02日(火)12時23分

 6月30日、エジプト各地で発生した大規模デモは、二日を経ても続いている。

 カイロのタハリール広場を群集が埋め尽くす姿は、二年半前の2011年、当時のムバーラク大統領を辞任に追い込んだ「1月25日革命」を彷彿とさせる映像だ。参加者自体も、その時デモを主導した若者層が中心である。現ムルスィー政権の成立から一年となったこの日、ムルスィーの政権運営に「ノー」を言うために、再度集まった。
 
 確かに、去年から比べても、カイロの街は荒んだ感じがする。6月初めに訪ねたときも、引ったくりなどが増えたと、さまざまな人たちから聞いた。過去の警察国家が崩壊したせいで、自由を謳歌しすぎる小売商たちは道路の半分くらいまで勝手に露店を広げ、おかげで渋滞は悪化する一方。タハリール広場に面した壁には、相変わらず「落書き」で憤懣を晴らそうと若者が毎日集まってくるが、革命から時間が経つにつれて、閉塞感は目に見えて深まっている。

 メディアはつい「イスラーム政権vs世俗リベラルの対立」と評しがちだが、本質はむしろ、革命でよくならない社会経済的状況への不満、それに対して打つ手のないムルスィー政権への反発にあるといえよう。一周年デモの一週間前、『エジプシャン・ガゼット』紙が指摘した以下の言葉が、それをよく表している。「一年経って、人々はムスリム同胞団(ムルスィー大統領の出身母体)が、パンと尊厳と自由と社会的公正を求める革命精神の実現に努力するのではなく、ただ自分たちの政治計画の強化ばかりに腐心していることに気がついたのだ!」ムルスィー政権は官僚組織やその他公機関で次々に同胞団支持者を登用、人事の入れ替えばかりしている、といった文句も聞こえる。

 そこで今回のデモを組織化したのが、「反乱せよ(rebel、アラビア語ではtamarrod)」という団体である。http://tamarod.com/index.php?page=english

 二年半前の「革命」の先駆となった「4月6日運動」やそれに先立つ「キファーヤ運動」、さらにノーベル平和賞受賞者で一年前の大統領選でも候補に名があがったバラダイ元IAEA事務局長なども加わって、わずか二ヶ月前に成立した反ムルスィー大同団結団体だ。デモ実施前日までに、2200万ものムルスィー辞任要求署名を集めたといわれている。「出て行け」というスローガンも、ムバーラク大統領を辞任に追いやったときと同じセリフで、二年半前と糾弾相手を入れ替えて同じ大衆動員を図っている。

 だが、二年半前と決定的に違うのが、相手が(一応)合法的に選挙で選ばれた大統領だという点である。ムバーラクのときは、合法的手段がないところで、大衆の声が独裁を倒した。だが、選挙結果を背景として支配権力を強める政権に、路上での大衆争議が何をできるだろうか。辞任要求が通れば通ったで、あれだけ苦労して導入した選挙は意味がなかったのか、ということになる。

 そもそも、デモの圧力に屈して辞任するような政権ではない。議会選挙でも大統領選でも過半数を得て成立した政権である。「民意」を背負った自信に、溢れている(つまり、身近によくある「賛成していないのに選挙で圧勝する与党」だ)。これは、同時期に反政府デモが噴出したトルコでも同様である。

 本稿執筆時点では、まだ大きな衝突はない。双方ともに、力づくで相手を倒そうとするのは望ましくない、との認識があるのだろう。ただ双方ともに、軍がどう出るかを息を潜めて見ているのが気になる。結局は事態収拾を軍に依存する、という解決は、過去の政変でしばしば見られた方法で、それでは元の木阿弥だ。

 「反乱」しがちな若者層は、次の選挙でどう票を取るかではなく、直接的で性急な勝利を求めがちだ。加えて、「反乱」に協力する旧左翼系の知識人たちは、選挙で負けると選挙自体を不当としてすぐボイコットする。それじゃあだめだ、と、6月にカイロを訪れたときに会ったリベラル派の某政治家が嘆いていた。政権との対話を閉ざさず、野党の主張を要求し続けるべきだ、と言う彼は、野党陣営の間で「裏切り者」扱いされることも少なくない、とぼやく。

 エジプトが直面する議会制民主主義を巡るジレンマは、同じく選挙を前にするわれわれにも、無関係ではない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

マクロスコープ:FRB議長、ウォーシュ氏なら「市場

ワールド

中国、ウイスキー輸入関税を5%に引き下げ 2月2日

ワールド

米仲介の次回和平協議、ゼレンスキー氏「日程変わる可

ワールド

ガザ人道危機報告、バイデン政権高官に届かず 米大使
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 3
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 4
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 7
    パキスタン戦闘機「JF17」に輸出交渉が相次ぐ? 200…
  • 8
    日本経済を中国市場から切り離すべきなのか
  • 9
    配達ライダーを飲み込んだ深さ20メートルの穴 日本…
  • 10
    日本はすでに世界第4位の移民受け入れ国...実は開放…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 5
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 6
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 7
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 8
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 9
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 10
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story