コラム

バチカンの何が問題なのか

2012年03月30日(金)14時21分

 イタリアのローマ市内に存在する独立国家バチカン市国。一般の人が入れるのはサンピエトロ大聖堂前の広場とバチカン美術館だけ。その先はスイスの衛兵が守っていることもあり、秘密のベールに包まれています。

 実際に中に入ると、そこに住み働く人のためのスーパーマーケットや診療所もあり、ガソリンスタンドもあって、職住接近の暮らしがあるのですが。

 中の様子がわからないと、人は憶測をたくましくするもの。さまざまな噂が広がり、都市伝説も生まれます。

 ローマ法王庁をめぐる数々のスキャンダルは、さて事実なのか、噂話の類も多いのか。

 そんなことを考えたのは、本誌日本版4月4日号の記事「バチカンに渦巻くマネロン疑惑」を読んだからです。「法王庁の奇妙な会計手法をめぐるマネーロンダリング(資金洗浄)疑惑」でローマ法王庁が「パニックに陥っている」というのです。

 きっかけは、米大手銀行JPモルガン・チェースが、バチカンの国家財政管理を担う宗教事業協会(通称バチカン銀行)がミラノ支店に保有する口座を閉鎖することを決めたことでした。問題の口座は毎日、営業時間終了の時点で残高がゼロになっているという不思議な状態になっていたそうです。JPモルガン・チェースとしては、この「送金活動の疑問点について説明を求めた」が、バチカン側が「対応不可能」だったからとのこと。

 毎日口座残高がゼロになるのでは、確かに「マネーロンダリング疑惑」が生まれるのでしょうが、なぜ何のためにそんなことをしていたのか。記事は「納得のいく説明は得られていない」と書きますが、これでは読者は欲求不満になります。せめて、何らかのヒントになるようなことが書けなかったのでしょうか。「根拠のない憶測は書けない」と言われてしまえばそれまでですが、未消化感が残ります。

 ところが記事は、それを掘り下げるのではなく、別の話に飛びます。バチカン市国行政幹部だったカルロ・マリア・ビガノ大司教が昨年3月にローマ法王に送った公的な書簡で、もし自分が転任すれば、「各部門に巣くう汚職や権力乱用を一掃できると信じる人々が戸惑い、落胆するでしょう」と述べていたのに、大司教は「昨年10月、駐米ローマ法王庁大使としてワシントンへ飛ばされた」という話が続きます。

 さて、マネーロンダリング疑惑と、この人事異動は、どう関係するのか。状況証拠としても根拠薄弱ですが、読者には、「何かおかしなことが起きている」という印象を与えることはできます。
記事は、米国務省が「マネーロンダリングに利用される懸念がある国のリストに初めてバチカンを加えた」ことを付け加えることで、「マネーロンダリング疑惑」を裏付ける話しにしています。でも、米国務省が、何を根拠に「加えた」のかは、説明がありません。

 とても重要なテーマを取り上げていることはわかるのですが、読者としては、どうも納得いかずに読み終わる、そんな記事になっています。だからこそ「疑惑」なのかもしれませんが。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story