コラム

「テロとの戦い」は勝利している?

2010年01月12日(火)16時51分

 このコラムを担当するようになってから、本誌をより注意深く読むようになりました。というよりは、粗探しをするようになったというべきでしょうか。突っ込みどころを探すようになったのですから、一段と私の性格が悪くなったというべきでしょう。

 今回私のアンテナにかかったのは、本誌1月13日号の記事「テロとの新たな戦い」です。本誌の中東総局長が執筆しています。

 去年12月25日に発生した米航空機爆破未遂事件は、米国民にショックを与えました。ところが、記事はこう表現します。

「アメリカを狙ったテロ未遂事件が最近になって続発しているのは、遠く離れた場所で続くテロとの戦いが成果を挙げている証拠でもある」

 おい、おい、と突っ込みを入れたくなります。アメリカを狙ったテロが増えたのは、「テロとの戦い」がうまくいっていないからではないか、と考えるのが普通だと思うのですが、中東総局長の見方は違うのですね。

 アメリカの秘密作戦攻撃は各地で成果を挙げていて、「イスラム過激派グループは、こうした攻撃によって追い詰められている」そうです。つまり、今回のテロ未遂は、追い詰められたグループによる断末魔の行為なのでしょうか。

 ところが、記事はこう続きます。

「だが一方で、テロとの戦いが極めて危険な局面を迎えつつあるのも事実だ。アブドゥルムタラブのような素人のテロリスト志願者は、今後も次々と出現するだろう」

「次々と出現」するのであれば、それは「テロとの戦い」がうまくいっていない証左ではありませんか。どうも、この記事で言う「追い詰められている」というのは、軍事的側面だけを指しているように読めます。軍事的に勝利しても、テロリストが「次々と出現」しては、それは本当の意味で勝利とは呼べないのではありませんか。

 では、どんな脅威が存在するのか。記事はいくつかの動きを紹介していますが、その中に、こんな一節がありました。

「イランの現体制は国内の反体制派と外国からの圧力で足元がふらついている。これまでも外国で反米勢力を支援してきた革命防衛隊が、ここでアメリカに打撃を与えておきたいと考えたとしても不思議ではない」

 これは、不思議な分析です。アルカイダの脅威について語っている文脈でイランの革命防衛隊が登場してしまうと、この著者は、アルカイダと革命防衛隊の区別がついていないのではないかと不安に駆られます。

 イランの革命防衛隊が「外国で反米勢力を支援してきた」ことは事実ですが、イランが、アメリカとの対決を慎重に避けてきたことは、よく知られたことだからです。それとも、革命防衛隊が、大統領や最高指導者の意向を無視して暴走する兆候でもあるのでしょうか。確たる証拠を示すことなく、「不思議ではない」と書くのは、あまりに乱暴です。

 さらに驚いたのは、次の提案です。

「インターネットでは若いイスラム教徒を誘導する必要がある。今や彼らの大半が、ネットで過激思想を植え付けられているのだ」

 アラブ世界のネットが過激思想を広めていることは事実ですが、「今や彼らの大半が」影響を受けているのだったら、世界はいまのままではありえません。これも乱暴な指摘ですし、インターネットで、どうやって「若いイスラム教徒を誘導する」ことが可能なのでしょうか。どんなウェブサイトを開設すればいいのでしょうか。

 アメリカのジャーナリズムを代表し、アメリカ政界に大きな影響力を持つ高級誌の中東総局長が、こんな認識を持っているようでは、アメリカの「テロとの戦い」は前途多難です。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story