コラム

資本主義をどう再考するか

2009年06月24日(水)11時00分

6月24日号の日本版の表紙には大きく「資本主義再考」の文字が。「ニューズウィーク」が誇るファリード・ザカリア国際版編集長の論考が大きなスペースを占めています。これは見逃せません。彼の文章が日本語ですぐに読めることも、「ニューズウィーク日本版」の魅力です。

資本主義は一時の危機的状況から比べれば、やや一服感があります。「これは幻想かもしれない。いや、アメリカを中心に各国政府が取った景気対策が功を奏したのかもしれない」と彼は書きます。

どちらであれ、一息ついた今こそ、「棚上げにしてきたいくつかの問題に向き合わねばならない」。

その通りですね。では、それは何か。いま起きているのは資本主義の危機ではなく、「倫理の危機」であり、それに立ち向かわなければならないというのです。

この10年、世界経済で起きたこと、アメリカ経済でおきたことの大半は合法的なことでした。でも、合法的な経済活動を繰り広げているうちに、世界が破綻の淵にまで至ってしまったところに、危機の深刻さがあります。

合法的なら何をしてもいいというわけではない。かつてのアメリカには、各種団体による自主規制が機能していた。それが機能しなくなったため、「ヨーロッパ大陸型の形式的で官僚的な制度に近づくことになる」と彼は指摘しています。

「アメリカのビジネス界の自主規制機能が低下してしまったために、ヨーロッパ型の規制社会になりつつある」とザカリア編集長は嘆いているようです。

「立て直さなければならないものは私たち自身の中にある。自身に問い掛けて、正しいと感じないことはすべきではない」と主張しています。

「正しいと感じないことはすべきではない」とは、要するに「モラルに反した経済活動はするな」ということでしょう。しかし、資本主義の経済活動にモラルを求めるのは、いささか無理があります。

そもそも資本主義は、個々の参加者が自由に金儲けを追求することを認めるシステムです。その結果、歪みが生まれたり、非人道的な事態が発生したりしたら、それを規制し、修正するのが政府の役割のはず。その象徴がヨーロッパ大陸型の資本主義経済システムです。それを「形式的で官僚的な制度」と簡単には否定できないはずなのです。

ザカリア編集長自身、結論としてアメリカ経済に相応のモラルを求めながらも、最初のページでは、「基本的に市場はモラルで動くわけではない」と指摘しています。

 もちろん経済活動の参加者にモラルを求めるのは悪いことではありませんが、モラルを求めるだけでは問題は解決しないという冷徹な認識の下に、モラルに反する経済活動を規制するルールづくりこそが求められているのではないでしょうか。

 というわけで、今回ばかりは、ザカリア編集長の主張に大賛成とは言えないのですが、「資本主義経済とモラル」という、大事な問題を提起していることは事実です。そんなことを考えるチャンスを与えてくれるからこそ、「ニューズウィーク」は貴重な媒体なのです。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

西側国家のパレスチナ国家承認、「2国家解決」に道=

ワールド

独首相、ウクライナ戦闘の停戦協議開催地にジュネーブ

ビジネス

米メルクの脂質異常症経口薬、後期試験でコレステロー

ビジネス

中国サービスPMI、8月は53.0 15カ月ぶり高
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 5
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 10
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story