コラム

小選挙区制は「政治改革」だったのか

2014年11月26日(水)16時55分

 河野洋平氏(元自民党総裁)は25日、憲政記念館で行われた土井たか子氏のお別れの会で、次のように謝罪したという。


 最後にあなたにおわびし、謝らなければならない大きな間違いを私はおかした。[1994年1月当時の首相]細川護熙さんと私は、選挙制度を決めるトップ会談のさなか、あなたに衆院議長公邸に呼ばれた。直接的な言い方ではなかったが、「ここで変な決定をしちゃいけませんよ。できるだけ慎重にやらないといけないよ」と言われた。

 しかし社会は様々な議論をすべてのみ込み、最終段階になだれこんでいった。私はその流れの中で、小選挙区制の選択をしてしまった。今日、日本の政治の劣化が指摘される。その一つの原因が小選挙区制にあるのかもしれない。


 1990年代の初め、リクルート事件などをきっかけにして、政治改革を求める声が強まった。自民党竹下派の内紛で主導権を失った小沢一郎氏は、小選挙区制を推進する「改革派」を名乗り、中選挙区制を守ろうとする政治家を「守旧派」と呼んで、グループで自民党を離党した。

 この結果、宮沢内閣の不信任案が可決され、1993年の総選挙では「55年体制の打破」が争点になった。小沢氏は「中選挙区では派閥ができる」とか「社会党のような万年野党が続く」と批判し、「小選挙区制になれば二大政党による政権交代でイギリスのような健全な議会政治ができる」と主張した。与野党のほとんどが小選挙区制に反対だったが、この総選挙で生まれた細川首相が、河野総裁との話し合いで選挙制度改革を実現した。

 多くの反対を押し切って小選挙区制を実現したのは、小沢氏の政治力である。ただ彼が考えていたのは、自民党右派が新党をつくる「保守二党論」だった。このため細川首相が辞任したあと、小沢氏は渡辺美智雄氏を離党させる工作をしたが失敗に終わり、結果的には社会党が連立与党から抜け、村山内閣で自民党に政権が戻ってしまった。

 このあとも小沢氏は新進党で二大政党をめざしたが内紛がやまず、1997年末に解党してしまう。彼はこの後も自由党を結成して自民党と連立したが失敗に終わり、このとき公明党を連立与党に引き込んだことで、自公政権が続く結果になった。自民党は国民の支持を失っても、いろいろな党を飲み込んでしぶとく生き残った。

 選挙制度改革から15年たって、やっと2009年に政権交代が実現したが、民主党政権は自民党よりひどく、3年で政権を失った。民主党が壊滅したため、その後は55年体制より極端な自民党一党支配に戻ってしまった。

 こう振り返ると、小選挙区制が政治改革だったのかどうかは疑問である。河野氏も後悔しているように、それはかえって政治の劣化を促進したのではないか。中選挙区では小党分立が起こりやすいが、小選挙区はでは絶対多数を取らなければならないので、大衆迎合の傾向が強まる。

 そのいい例が、今回の総選挙である。安倍首相は「消費税増税の延期の是非を問う」と称して解散したが、延期に反対する党は一つもない。投票する人の年齢の中央値が60歳を超えているので、増税を延期して負担を将来世代に先送りすることが、政治的には正しいのだ。中選挙区なら「若者党」のようなすきま政党も出てくる可能性があるが、小選挙区制にはそういう多様性がない。

 世界的にみても、小選挙区制が成功しているのは、英米のように階級対立のはっきりしている国だ。日本のように均質な社会では明確な争点ができず、八方美人のバラマキ政策になりやすい。かつては自民党が地方の土建業者をバラマキ公共事業で集票基盤に使ったが、民主党はバラマキ福祉に変えただけだった。

 その結果が、1000兆円を超える政府債務である。ここまで来ても増税をいやがり、負担を先送りする政治家も悪いが、そういう彼らのインセンティブを作り出している選挙制度にも問題がある。昔の中選挙区制にそっくり戻るのは考えものだが、もう一度、選挙制度審議会で議論してもいいのではないか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・ウクライナ、30日にフロリダで会談 和平案協議

ビジネス

中国製造業PMI、11月は8カ月連続50割れ 非製

ワールド

香港火災、犠牲者追悼の動き広がる 150人依然不明

ワールド

トランプ氏、ベネズエラ周辺空域「全面閉鎖」と警告
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場の全貌を米企業が「宇宙から」明らかに
  • 4
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    「世界で最も平等な国」ノルウェーを支える「富裕税…
  • 10
    香港大規模火災で市民の不満噴出、中国の政治統制強…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 6
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 9
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story