コラム

慰安婦問題より北朝鮮の暴発を防ぐ日韓協力が重要だ

2013年06月04日(火)18時03分

 大阪市の橋下市長の不用意な発言が、忘れられていた慰安婦問題に、また火をつけてしまった。当コラムでも書いたように、これはもともと証拠も法的根拠もない話だ。韓国政府が執拗に蒸し返すから再燃するが、実は韓国内でもそれほど関心は高くなく、小中学生の7割は「慰安婦」の意味を知らないという。騒いでいるのは、一部の反日勢力と韓国メディアだけだ。

 歴代の韓国政府も、この問題を封印しようとしてきたが、2011年に憲法裁判所が「慰安婦に補償しないのは違憲だ」という判決を出したため、当時の李明博大統領は野田首相との日韓首脳会談のほとんどを慰安婦問題に費やした。しかし元慰安婦と自称する人々は数十人で、その話も矛盾が多く、70年もたってから国家間で協議するような問題ではない。それが再燃するのは、これに「放火」する人々がいるからだ。

 その主犯が朝日新聞である。もともとこの問題は、朝日が1992年に「軍が慰安婦を強制連行した」という誤報を流したことが原因なのだが、ニューヨーク・タイムズなどの欧米メディアが朝日の受け売りで「日本軍が性奴隷を強姦した」という猟奇的なストーリーを世界に広めた。しかしその後の調査でも証拠が出てこないため、この問題は忘れられていた。

 ところが朝日新聞は今週、国連の拷問禁止委員会が慰安婦問題について日本政府に勧告したと報じ、翌日には国連の潘基文事務総長にインタビューして橋下発言を批判させた。国連の事務総長が、こんな個別の国内問題にコメントするのは異例だし、不見識である。朝日は「国連が当社の立場を支持した」というキャンペーンを張っているのだろう。

 今週、私はニコニコ生放送で、元米国務省日本部長のケビン・メア氏と話したが、彼も「慰安婦問題は今ごろ政府間で協議するような話ではない。北朝鮮の軍事的脅威が高まっており、韓国の防衛には在日米軍の支援が不可欠だ。そんなときに、こんな昔話が障害になって日韓政府が軍事情報も共有できないのは危険だ」と憂慮していた。

 私も同感だが、NYタイムズを初めとする欧米メディアまでこの問題を派手に取り上げ、「戦争責任を否定する日本の右傾化」と騒ぐのはなぜか、とメア氏に質問したところ、「日本が軍事大国になると思い込んでいる左派系シンクタンクと、NYTのような左派系メディアが騒いでいるだけ。国務省はそういう見方をしていない」とのことだった。

 アメリカは性的に潔癖なピューリタンの国であり、特に女性の人権にはうるさい。議会が何度も慰安婦非難決議を出していることもあって、国務省としては日本を擁護できないのだろう。「歴史的事実として軍の強制がなかったことは理解しているが、今さらそんなことを立証しても韓国人は納得しない」というメア氏の意見はもっともだ。

 私も日本から持ち出す必要はないと思うが、今回の国連勧告のように、海外から問題を蒸し返す人々が出てくると、日本政府が黙っていたらそれを認めたと解釈されてしまう。国連は日本政府に反論を求めているので、政府は朝日新聞の編集局長や最初に騒ぎを起こした福島瑞穂氏などを国会に参考人として呼び、事実関係を究明すべきだ。

 慰安婦も気の毒な境遇だったが、最大の悲劇は日本人だけで軍民あわせて310万人が亡くなった戦争である。そのうち朝鮮人兵士も5万人いた。いま日韓政府が最優先で考えるべき問題は、そういう悲劇を繰り返さないために中国や北朝鮮の軍事的脅威に備える協力体制である。韓国の朴槿恵大統領は今のところ慰安婦問題には静観の構えだから、このまま両国とも忘れることが最善の解決策である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story