コラム

亀井金融相の「徳政令」がマーケットを揺るがす

2009年09月24日(木)18時08分

 連休明けの株式市場はやや反発して引けたが、銀行株は続落した。亀井静香郵政・金融担当相が、中小企業への融資のモラトリアム(返済猶予)についての政務三役会議を開いて法案の作成を指示し、「臨時国会に提出する」と発言したからだ。藤井財務相も平野官房長官も難色を示しているが、亀井氏は「これはおれの所管だ」と譲らない。

 モラトリアムというのは戦争などの非常時に行なわれる「徳政令」で、平時に発動した先進国はない。そんなことをしたら、中小企業の当面の資金繰りは楽になるかもしれないが、銀行は新規融資をしなくなり、日本経済は大混乱になるだろう。しかもそれによって銀行経営が苦しくなったら公的資金を注入しろというのだから、90年代の「金融社会主義」の再来だ。郵政民営化についても、民主党の方針にさからって一体化を主張し、郵政国営化をめざしている。

 事前の情報では亀井氏は防衛相が有力視されていたが、彼が訪米したとき暴言を吐いたことが問題になり、土壇場で国民新党のこだわる郵政担当相に変えたといわれる。郵政はともかく、亀井氏が何の知識ももっていない金融行政まで担当させたのは不可解だ。国民新党には金融政策なんかなく、彼らが昨年出した緊急金融安定化対策なるものは、時価会計の無期限停止、自己資本比率規制の撤廃、ペイオフ制度の適用停止、先物取引の廃止などを提唱する荒唐無稽なものだ。

 亀井氏が大言壮語しても、国民新党は衆参あわせて8人の泡沫政党だから、与党3党協議でモラトリアムはつぶされるという楽観論もある。しかし彼は当選11回と経験豊かで、警察官僚の出身で「裏の世界」との関係も深く、政治家の弱みを握っている。細川政権のときは、首相の金銭スキャンダルを追及して内閣を倒した。鳩山政権も首相と小沢幹事長に政治献金にからむ弱みがあるので、亀井氏がこれを利用して揺さぶりをかけると、政権の安定性に影響を及ぼすおそれもある。

 亀井氏は日本の「古い政治」が背広を着て歩いているような人物であり、フレッシュなスタートを切るべき鳩山政権が、彼を金融行政のような要職につけたことは大きな失敗だった。彼を押えることができるのは、小沢幹事長だけだろう。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:米製薬会社、中国企業開発の新薬候補に熱視

ワールド

焦点:米大平原から消えゆく小麦畑、価格低下と干ばつ

ワールド

イランとイスラエル、再び互いを攻撃 米との対話不透

ワールド

米が防衛費3.5%要求、日本は2プラス2会合見送り
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 2
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 6
    【クイズ】次のうち、中国の資金援助を受けていない…
  • 7
    ジョージ王子が「王室流エチケット」を伝授する姿が…
  • 8
    中国人ジャーナリストが日本のホームレスを3年間取材…
  • 9
    イギリスを悩ます「安楽死」法の重さ
  • 10
    「巨大キノコ雲」が空を覆う瞬間...レウォトビ火山の…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 10
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story