イランはかつて親米国家でイスラエルとも国交があり、テルアビブとテヘランの間には直航便も飛んでいた。シャー(国王)が統治する王制下で資源収入を背景に急速に経済は発展したものの、秘密警察による弾圧や腐敗に対して市民の不満が拡大。
宗教指導者層が体制への不満の受け皿となる形で、79年のイラン革命を経て、宗教的権威が国家を統治するイスラム体制に転換した。
革命以降、イランはイスラエルを強く敵視するようになる。背景には67年の第3次中東戦争以降、イスラエルが東エルサレムを含む地域を支配していることに対する反発がある。89年にアリ・ハメネイが最高指導者に就任すると、イスラエルを「不法な国家」と位置付ける強硬なレトリックがより明確になった。
ただ、イスラエルとの対立・敵対の仕方にはアラブ諸国と明確な違いがある。多くのアラブ諸国が67年以前の境界線でのパレスチナ国家の独立を支持、つまりは67年以前のイスラエルを認める用意があるのに対し、イランは48年に建国されたイスラエルそのものを認めていない。
イランにとっての最大の脅威はイスラエルでない?
イスラエルとアラブ諸国はパレスチナ国家の樹立によって雪解けする可能性が高いが、イランは現体制が続く限り、イスラエルを認める可能性は低く、敵対解消の見込みはない。
イランはイスラエル周辺の勢力を支援することで、イスラエルに圧力をかけてきた。レバノンの武装組織ヒズボラは、イランと同じイスラム教シーア派を基盤とし、レバノン国内では国会で議席を持つ正統な政党でもある。イスラエル軍に弱体化させられる2023年以前は、レバノン軍をもしのぐ10万人の兵力を抱えていたとされる。