僕はテレビディレクターだった。オウム真理教信者たちのドキュメンタリーを撮るために施設内に入り、数日の撮影を終えた頃にラッシュ映像を見たプロデューサーから「これは放送できない」と放送中止を言い渡され、その後に1人で撮影を続けた作品は、初めての映画『A』として1998年に公開された。
撮り始めた時は地下鉄サリン事件から1年が過ぎていたけれど、オウム施設は(相変わらず)メディアと警察に包囲されていた。ただし、カメラを手に施設内と外を自由に行き来するメディア関係者は、僕以外にはいなかった。
このとき痛感した。視点が変われば世界は変わる。施設内に入って振り返れば、それまで見たことがないほど理不尽で不寛容な表情を見せる日本社会があった。
結果として1人になったことも大きかった。それまでは常に撮影クルーの一員で、テレビという組織体に帰属していた。つまり主語は「われわれ」だった。でもそれが一人称単数の「僕」になった。ならば述語も変わる。
さらに、やむなく自分でカメラを回したことで、カメラワークは主観なのだと(今さらながら)気付いた。フレームは世界を区切る。その選択は自分がやっている。そもそも何かを撮ろうと思った瞬間に主観(作為)は発動している。先輩たちから「ドキュメンタリーの基本は客観中立だ」などと言われてきたが、その意識はコペルニクス的に転回した。