イラン戦争は、厳密には宗教戦争ではない。とはいえ、この戦争やパレスチナ自治区ガザとイスラエルの武力衝突、アメリカ国内を分断する文化戦争と、宗教の存在は切り離せない。本特集では、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教をカギに世界情勢を読み解きつつ、この三大一神教の基礎を解説する。まずは、イラン戦争を宗教で語る各国の論理から見てみよう。

【画像】三大一神教――キリスト教、イスラム教、ユダヤ教とは?

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アメリカのトランプ政権で国防長官の職にあるピート・ヘグセスは、キリスト教的なメッセージを表現したタトゥーを、いくつも体に彫っていることで知られる人物だ。

右の上腕にあるのは「デウス・ウルト」という文字。「神がそれを望まれる」という意味のラテン語だ。中世にキリスト教の十字軍がイスラム教徒との戦いに向かう際、スローガンとして用いた言葉でもある。

こうした人物像を考えると意外な話ではないかもしれないが、ヘグセスは3月25日に国防総省内で主催した礼拝の会で聖書の言葉を引用して、イランとの戦争に言及した。敵の「歯を砕いてください」と神に祈り、「慈悲に値しない」「邪悪な」敵を殺し、「永遠の地獄」に送るよう求めた。要するに、ヘグセスにとってこの戦争は「聖戦」なのである。

アメリカおよびイスラエルとイランの戦争は、第一義的には宗教をめぐる戦争ではない。しかし、当事国の指導者たちは宗教を使って、自らの行動を正当化しようとしている。

イラン攻撃を正しい行動と位置付けるために宗教を利用するアメリカとイスラエルの現政権の振る舞いは、今日の世界で宗教と権威主義的ナショナリズムが結び付きを強めている現実を浮き彫りにしている。

このようなアメリカとイスラエルの行動は、イラン側の敵意も増幅させる。イランの指導者たちもイスラム教の宗教的な言葉を用いて、目下の戦争に言及してきた。そもそも、「イスラム共和国」であるイランでは、宗教が憲法上も大きな役割を持っているのだ。

まず、イスラエルから見ていこう。ベンヤミン・ネタニヤフ首相は2月28日の開戦直後に国民向けの演説を行い、その中でユダヤ教の宗教的なメッセージを用いた。

ネタニヤフはイスラエル国民にこう語りかけた。「私たちはあと2日でプリムの祭日を迎える。2500年前の古代ペルシャにも、わが民族を殲滅しようと企てる敵がいた。しかし、ユダヤ人モルデカイと王妃エステルが勇気と才覚により民族を救ったのだ。そのときはプリムの日々に運命のくじが投じられて、(ユダヤ人の敵である)邪悪なハマンは滅んだ。いま再びプリムの祭日に運命のくじが投じられて、邪悪な政権が終焉を迎えるだろう」

ネタニヤフは別の機会に、イランを聖書に登場する「アマレク人」に重ね合わせる発言もしている。アマレク人はユダヤ人の宿敵で、聖書の中で神が絶滅させるよう命じている民族である。

イラン戦争中、イスラエルの都市テルアビブに福音派の団体が出した看板(3月12日)
イラン戦争中、イスラエルの都市テルアビブに福音派の団体が出した看板(3月12日) NIR ELIAS-REUTERS

アメリカでは、合衆国憲法修正第1条により、信教の自由と国教樹立の禁止が定められている。その一方で、アメリカ人の約70%は宗教を信仰していると述べている(大多数はキリスト教だ)。最近は特に、トランプ政権と同政権を支持する「MAGA(アメリカを再び偉大に)運動」に対するキリスト教福音派の影響が強まっている。

開戦から程ない3月5日には、福音派の牧師たちがホワイトハウスの大統領執務室を訪ねて、ドナルド・トランプ大統領の肩や腕に手を置いて祝福を与えた。「彼と……わが部隊に神の恩寵とご加護を」、と。

イランとの戦争が始まった頃、米軍の多くの兵士たちは司令官から、この戦争は「神の計画」の一部なのだと説明された。「トランプ大統領は、イランでのろしを掲げ、世界最終戦争を引き起こしてイエスの再臨をもたらすべく、神に選ばれた人間である」というのだ。

福音派は、アメリカで、そして世界の多くの国々で政治的な影響力を大幅に強めている。彼らはたいてい、自国内では右派の政治家を、国際的にはイスラエルを支持する。キリスト教シオニズム(ユダヤ人国家建設を支持するキリスト教徒の運動)を信奉していて、イスラエル国家の建国と強化を支持することにより、世界の終末とキリストの再臨を早められると考えているのだ。

「嘆きの壁」を訪れたネタニヤフ(左)とマルコ・ルビオ米国務長官(昨年9月)
「嘆きの壁」を訪れたネタニヤフ(左)とマルコ・ルビオ米国務長官(昨年9月) NATHAN HOWARD-POOL-REUTERS

一方、カトリック教会は福音派とは一線を画し、今回の戦争を「道徳に反する」「正義に反する」と批判。教皇レオ14世(自身はアメリカ出身)は、この戦争を「全人類を辱めるもの」と呼んでいる。

空爆によりイランの最高指導者アリ・ハメネイ師が殺害されたことは、一国の国家元首が他国によって暗殺されるという極めて異例の事態だった。とりわけ、イランで信奉されているイスラム教シーア派の最高位の宗教指導者が外国勢力に殺害されたのは、もしかすると歴史上初めてのことかもしれない。

ハメネイと対立関係にあった聖職者たちも含めて、多くのシーア派の高位聖職者たちは、ハメネイを殉教者と呼んでいる。

ハメネイの死後、イランの最高指導者に就いた次男のモジタバ・ハメネイは、殉教と救世主思想を強調した声明を発表した。その声明では冒頭で早速、いわゆる「隠れイマーム(指導者)」に言及している。シーア派内の主流派である「十二イマーム派」(イランの国教的な宗派)では、世界の終末と審判の日が近づいたときに「隠れイマーム」が救世主として再臨して正義を実行すると信じられている。

イランでは、特に1979年のイラン革命以降、この十二イマーム派の救世主思想とイラン・ナショナリズムが一体化してきた。いまイランのシーア派聖職者たちは、祖国防衛を聖なる義務と位置付けている。

イスラム教のほかの宗派が今回の戦争をどのように見ているかはやや複雑だ。

シーア派以外の高位のイスラム聖職者の中にも、ハメネイを殉教者と呼んでいる人たちはいる。イラクのイスラム教スンニ派の法学者は、全てのイスラム教徒がイランを支持するべきだとまで主張した。パキスタン、インド、イエメン、インドネシアといった国々では、アメリカとイスラエルのイラン攻撃を非難するデモも行われている。

しかし、スンニ派の聖職者の中には、それほど声高に、ハメネイの暗殺を非難したり、イランへの支持を呼びかけたりしていない人たちもいる。この点に関しては、イランが開戦早々に、米軍基地が置かれている近隣諸国(スンニ派が多数を占めている国々だ)にミサイルを撃ち込んだことも無関係ではないだろう。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という3つの宗教に共通する救世主思想と終末思想の要素は、権威主義的傾向を強める政治指導者たちが他国との対立に臨むための道具として用いられ始めている。いずれの宗派にもこのような宗教の利用を批判する人たちもいるとはいえ、最近の動向が危うい先例になりつつあることは否定できない。

今回の戦争が国際法違反だという批判はよく聞かれるが、政治家がこの戦争を正当化するために軽々しく宗教を利用することへの批判はあまり聞こえてこない。しかし、この点も国際法違反と同じくらい厳しく批判されるべきなのかもしれない。

The Conversation

Toby Matthiesen, Senior Lecturer in Global Religious Studies, University of Bristol

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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